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人の命は地球より重い?笑わせるなよ腰抜け裁判員&マスコミ

耳かき店の21歳の女性店員さんとその祖母を殺害した林貢二(はやしこうじ 42歳 千葉市美浜区幸町2丁目)の事件はご存知だろうか?
お店にいる被害者の女性を(勝手に)好きになり告白するも断られ、その逆恨みを被害者の女性にぶつけるべく自宅を強襲。
被害者の祖母をハンマーで数回殴りナイフで刺殺!
被害者の女性店員さんをナイフで刺し一月後に死亡させた事件だ。

もうこれだけの文章を書くだけで怒りで身体が震えているのだが、この事件が事件自体の大きさよりも大きな話題になったのは初の裁判員裁判での死刑が求刑されるかどうかという点だ。
俺も連日連夜この裁判での報道を目にしてきたが、それがもう呆れ返るくらいのやりかただった。
見たひとはわかると思うが、検察側がだした死刑を裁判員の人たちが「死刑」といえるのかだの、そんな重い責任を裁判員に持たせていいのかだの、まさに「死刑といってはいけませんよ裁判員の方々」という内容ばかりだった。
(ひょっとしたら放送局や番組によっては違ったのかもしれなが、俺はそうとしか思えなかった)

で、こういうときにいつもだされるのが「死刑=命の重さ」という話だ。
「死刑というのは国家による殺人だ。だから俺は死刑には反対。終身刑で一生反省させるべき」
ちなみにこの言葉をいったのは上岡(父親は弁護士)龍太郎だ。

確かにな、そういういいかたもあるだろうな。
で、それがどうした?

あの女を自分のものしようとしました。
だから襲おうと思ったけど失敗しました。
むかついたのでばあちゃんも一緒に殺しました。
反省しています。
お腹空きました。
ごはんまだですか?

こんな奴の命が重い?
ぷっ、なにそれ笑って欲しいのか?
ジョークならもう少し笑えるやつを頼むぜ。

実は以前ある番組を見ていたらタレントの板東英二さんがオウムの事件を話している時の殺された弁護士一家のまだ幼いお子さんの残された映像を見てこういった。
「こんな幼い子供まで殺してしまったオウムの連中は死刑で当然。それなのに死刑に反対している人はいったいなにを考えているんでしょうね」
とコメントをしたときにCMになり、俺もそうそうその通り!と思いCMが終わって番組が続くといきなり女性アナウンサーが「さきほど不適切な発言がありました」といい、なんと板東英二さんが謝るという俺には信じられない映像がそこにあった(この番組は生放送だったのだ)。

つまりだ、死刑反対の命を重んじる(だってさ(笑))が抗議の電話をしたわけで、その抗議を受けて板東英二さんを謝らせたわけだ。
いまでも俺はこの番組を見ていたときに「おまえたちこそ死刑になれ!」と死刑反対の連中に思ったことを忘れていない。

そもそも命の重さとはなんなのだろう?

「命は誰もがひとつしかない。だから大切なのだ」
ということだよな?
ところが実際は違う。
被害者の(もうなくなったんだから今さらどうこうしてもしょうがないよねえ)命よりも、加害者の(生きているから必死にまもってあげなくてはいけない)命を大切にしてるわけだ。

命が生きてるのは加害者だからな。

けっ、ばっかじゃねえの。
命ってのはな、確かに誰もがひとつさ。
そりゃまもらなくちゃいけないだろう。
だがそれは、「まもらなくてはいけない」命に限ってだ。

他人の人生を身勝手な理由で奪った奴の命なんか、まもる価値なんかあるか!

生まれてはいけない命はない
そう、誰もが生まれてくる権利がありそれはどんな力にも邪魔されることはあってはならない。
でも、生きていちゃいけない命はあるんだよ。

で、これを書いていたらまたしても裁判員裁判の死刑求刑として、あらたな事件が出てきた。

金目的で生きたまま男性二人の首を電動のこぎりで切断!
池田容之(いけだひろゆき 横浜市港南区 住所不定 31歳)こいつが殺人をやり
南部宇宙(なんぶたかおき 滋賀県東近江市 27歳)こいつが池田容之に依頼した
石原隆一(いしはらりゅういち 東京都港区 30歳)こいつは南部宇宙と共に金を奪った
(他被害者の監禁の共犯で3人)


マージャン店を経営している男性二人を金を奪う目的でホテルの一室に監禁。
電動のこぎりで生きたまま被害者の首を切断!
被害者は「せめて妻に会わせて欲しい。殺してから切断して欲しい」と最後の言葉を残したが、池田容之は「動くとうまく切れないだろう」と、なんの躊躇もなく被害者の首を生きたまま電動のこぎりで切断。


こんな常識では考えられないことをやっていた奴の命が重い?

で、この事件、さすがに死刑以外考えられなかったのか、意外にあっさり「死刑」判決。

ところがそれだけではこの話は終わらなかった。

死刑を決めたという裁判員のおっさんは「何度も夢に出てきた。何度も(加害者のことを思って)泣いた。泣きながら決心した」。

この話もむかつくが、死刑判決を言い渡した裁判長、横浜地裁の朝山芳史は
「こんなことになり残念だけど、被告人には控訴することを勧めました」

これはどういうことかというと、「なんだよ死刑って。そんな判決だせるわけないだろ。俺はエリートでまだまだ出生するべき人間なのにこんなところで汚点なんか残せるかよ。でも裁判員野郎が死刑っていいやがったしそれを曲げたらまたああだこうだいわれるしなあ。そうだ!いまは一応死刑っていっとくけど控訴させてここで結果残さなきゃいいや。控訴のときに死刑が決まっても俺のせいじゃないし。しかもいま控訴をするようにいえばやさしい裁判長で通るし。よし!これでいこう!」
ってことだよな?


なあにが「何度も泣いた」だよ。
なあにが「被告人には控訴を勧めた」だよ。

そんなに泣きたきゃ被害者やその遺族のために泣けよ。
あんた裁判長だろ。死刑といったら死刑っていうぐらいの気持ちでやれよ。


だけどな、実は俺はこのふたりがなぜこんなことをいった、いわなくちゃいけないのかは実はわかっているんだよ。
そう、結局今回も板東英二さんと同じなのさ。

死刑賛成!
こんな奴は死刑にして当然!

そういうと世論(実際は世論ではなく極一部の「どうわたし頭いいでしょ」といいたいだけの死刑反対を謳ってるクズ野郎共)から攻撃される。
だから、素直に死刑!といえない。

まったくこの死刑反対といっとるクズはなにを見てきているのか呆れてものもいえないぜ。

で、なに?
人間一人の命は地球より重い?
だからどんな人間の命も大切にしなくちゃいけない?

確かにどんな野郎でも命はあるし大切だろうよ。
地球より重いだろうよ。

だがな、それはあくまでまじめに生きているもののみが受けれる権利だろうが!

確かに「人間一人の命は地球より重い」であり、「注:まじめに生きている人のみ」
とはどこにも書いてないかもしれないさ。

だけどな、じゃあどう考えても死刑でしかありえないようなことをしたクズまでそれを適応する。
それはすさまじいまでの解釈だな。

世の中、こういうなにを持って適応するべきか、適応せざるべきか
それを判断しない、できない奴が多すぎる。

「人間一人の命は地球より重い」

まだ小学生のときにその言葉を聞き、なんて素晴らしい意見だと感心した俺に今タイムマシンにでも乗って「そんな言葉で感心するなボケ!」とでもいいたくなるほどくだらない言葉だな。

で、実はこれを書いているときに実は何件かの裁判員裁判での死刑判決が起こっていた。
実にめでたいことだ。
まあそれでも素直に喜べないのだが(相変わらずいろいろ理由つけての判決だから)それでも死刑判決がでることはいいことだ。

人間は間違いながら間違いをなんとかしようと何万何千年も歴史を少しずつ修正している頭の弱い生物である。

今に「泣きながら死刑を決めた」などということをいわなくてもいい死刑判決が出せるようになる。

被害者の女の子。
耳かきの仕事をがんばってたんだろうなあ。
いろいろ将来の夢もいっぱい持っていたんだろうなあ。
お婆ちゃんも自分の孫のことをまもれなくて残念だったろうなあ。

「人間一人の命は地球より重い(注:まじめに生きている人のみ)」

一日も早くそういえるようになるようみんなでがんばろう!

うるさいから刺しました パチパチパチ!(拍手)

昔々(といってもそんな昔じゃないけど)、まだ俺が学生のときに後ろにいる奴が鬱陶しくてしかたがなかった。
くそおもしろくもない話をでけえ声で授業中もぎゃあぎゃあわめきやがって、うざいことこの上ない。
まあ、それぐらいならまだ我慢出来る(いやできないか)。
俺が一番むかついたのは、怖い教師のときにはおとなしくしていて、弱い先生、おとなしい教師のときだけうるさかったことだ。
まあこいつだけじゃなく、こういう怖い教師のときだけおとなしい野郎は多いけど、俺はこういうくさった野郎がだいきらいだ。
そんなにうるさくしたいのなら、怖い教師のときでもさけんでいろよ。
弱い先生のときだけ本性だすような卑怯なまねすんなよ。
なっさけねえ野郎だ。

そこである日、ついに俺の怒りは爆発して、この鬱陶しい野郎の脳天をコンパスの針で突き刺してやった。
まさにざまあみろだ!

ただ残念だったのは、なんだかんだいって俺も犯罪者になりたくないというほんのわずかなやさしさが出てしまったがため、少々のケガで終わってしまったことだ。
ああ、ケガではなく殺しておけば少しは世の中も平和だったのに。
そう思うと残念でならない。

さて、先月だったかな?
ある高校で女生徒が同級生を刺して大けがをさせるという出来事があった。
で、この話最初きいたときに絶対に俺と同じような状況だったんじゃないかと思ってたら見事正解!
普段からうるさくて鬱陶しいから刺したとのこと。

いや~実にいい話だ。
俺は以前「真実の死者」でも書いたけど、弱いものいじめなどを平気でやるような馬鹿をぶっ殺したりするような出来事を聞く度に、実にすがすがしい気分になってしまう。
え?なに?不謹慎?
おまえはなにを考えているのか?って

ちゃんと考えてるって。
どんな人が幸せになって、どんなクズ野郎が不幸になるかってことをね。

弱い先生だからってうるさい野郎なんて死んだっていいんだよ。
こういう奴は絶対に弱いものいじめや強いものにゴマをすって弱いものを犠牲にするような最低な生き方しかしない。
だから早いうちに殺してやったほうが幸せなのさ。
他の被害者を増やさないためにもさあ。

ただ残念なのは俺のケースと一緒で、この女の子もとどめをさせなかったということ。
俺もあのクズを殺しておいたら今ごろ笑い話になっていたのにと思うと残念でならない。
この女の子も同じようなことを考えているかもしれないな。

まあそれでもあっぱれ!
きみは本当に素敵なことをしたよ。

もしこれを読んでいて、俺もわたしも鬱陶しい奴を刺したい、殺したいと思っている若い子がいたら、遠慮せず後追いのように同じように刺してやればいい。
なあに、大丈夫。
テレビで知ったこの事件の影響だといえばいい。
あ、そのとき泣きながら「彼(彼女)には悪いことをしました。反省してます」といえば大丈夫だからさ。

ということで今回の鬱陶しい奴を刺した勇敢な女の子。
あなたにこの言葉を捧げます。

きみは勇気のある本当の英雄だよ!

ここでは売ってやらんって、アップルはアホか?

俺は子供の頃からずっとAppleファンである。
Macは複数台(軽く数えても10数台は目に付く)所有はもちろん、AppleIIはおろかNewtonもeMateも持っているほどのファンだ。
(まあさすがに年齢的に当時買うのは無理なのでAppleIIは最近手に入れたのだけど)
機会があればLISAやAppleIII、さらにはNeXT(まあこれは正式にはAppleじゃないけど)も買うかもしれない。

Windows95フィーバーによってまったくMacが売れず、買収話が飛び交っていたあのApple最大の危機といわれた90年代でも、いつか絶対にAppleは華々しく復活してくれると信じていた。
で、スティーブジョブズがiCEOとして復活!
その後iMacやiPod、iPadで見事復活したのはご存知の通り。
正直昔からのファンとしては、普通の人が普通にAppleの話をしているのは正直いまだになれないのだけど(笑)。

で、そんな大ファンのアップルがなぜか最近になって自社の製品を扱うネット販売店から「売っちゃいかん!」と言う意味不明なことが行われてしまった。
そのためほとんどのネット販売店からアップルの製品が消滅、売られなくなってしまっている。
(ただしなぜかAmazonだけはいまでも普通に売っている)

なんでも、アップルの製品が一部の店で安く売られていることにブランドイメージの定価を恐れてのことらしいが、俺にはさっぱり意味不明だ。
なぜならあくまでネット販売だけで、店頭販売に関しては(ネット販売を中止させられている販売店さえも)普通にいままで通りの価格で売っているのだから。
しかも上で書いたけどAmazonでは普通にネット販売しているのだし。

俺は基本的に食うもの以外はすべてネット通販で買っている。
なぜならなにを買うか決めているものはいちいち店に行くのが面倒だし、馬鹿な店員に当たってケンカになることもないからだ(笑)。
だからアップルの製品がネットで買えないのはすごおく困る?
え、アップルストアで買えばいいじゃんかって?
あんな高いだけのところで買えるか!

ということで個人的にかなり困っているのだが、個人的な事情を抜きにしても今回のアップルの決定には首をかしげざるをえない。
わざわざ自分から「買いたい」といってるお客さんに、「他で買え!」と突き放すようなことをしているんだから。

昔おれがまだ子供の頃、Mac関連のソフト(DTPやワープロ関係だったと思う)を紹介する一冊の本があったのだが、その本にAppleが考えるソフトの考え方、ガイドラインを紹介したものが掲載されていた。

誰でもできると思ってはいけない。
難しいと思った人がいれば、その人が難しいと思わなくなるよう努力しなくてはいけない。

こういった感じのことが複数のっていた。
なにぶんかなり前のしかもガキのときに読んだ本なのでさすがに記憶が曖昧だけど、やたら使う人のことを考えている言葉が並べられていたことはよく覚えている。

俺はそういう「製作者が使用方法を強制するのではなく、使用する人のことを第一に考えなくてはいけない」という考え方にえらく感動し、Macにしておいてよかったと当時思ったことを昨日のことのように思い出す。

それが今じゃどうだ。
ブランドイメージが低下するといって、ただそれだけのことで「売ることは可能なのに」ネット販売を制限する。
俺は今回の件でアップルに関するブランドが低下したことだけは言うまでもない。
まったく、ちょっと売れたからって調子に乗るなよなって感じだ。

今週の金曜日は待望のiPad発売で、昔のAppleを応援してきた俺としては信じられないくらいの盛り上がりを見せている。
欲しいか?と聞かれれば欲しくないわけはないのだが(腐ってもAppleファンだし)、Appleに限らず2代目3代目のほうが大幅にいいものになるので取り合えず初号機は様子見。
と、iPod Touchの初号機を買った俺は思う(笑)。

まあそんな理由は抜きにしても、どっちみちネットで買えないのなら今のところ買いたくても買えないしなあ。
アップルは俺みたいな買いたくても買えない奴のことはどう思っているのだろう?
アップルストアか(Amazonでは今のところiPad本体は扱っていない)店頭で買えということなのだろうか?

誰でもできると思ってはいけない。
難しいと思った人がいれば、その人が難しいと思わなくなるよう努力しなくてはいけない。

Appleのガイドラインはどこに行ったんだろう。
こんな言葉に感動し憧れた俺の心が成長と共に消えたのだろうか?
さみしい話だねえ。
目の前にあるわが家で一番の先輩Mac、PLUSくんもさみしい顔で見ているよ。
「Welcome to Macintosh」と。

死にたい奴は死なせてやればいいんだ!

小西英雄
2010年5月25日(ようするに昨日)の午後9時ごろ、大阪市旭区千林のパチンコ店「パーラー千林」でパチンコをしていた43歳の男性客の一人が、背後からいきなり首を切りつけられ病院に運ばれたものの死亡。
現場にいた旭区今市の職業不詳、小西英雄(35歳)を現行犯逮捕。

この小西英雄は被害者の男生徒は面識が一切なく、犯行の動機が、
「生きるのが嫌になり知らない人を刺した。誰でもよかった」

ちなみにこいつ、目撃者の話では男性の首を切りつけた後にやにやした表情をしていたらしい。

あ~もうむかついてしょうがないぜ!
こういう事件がある度にいつも思うのは、そんなに生きるのが嫌になったのなら勝手に死ねよこのクソ野郎!としか思えない。

で、提案なのだがこういう生きるのが嫌になった奴は簡単に死ぬことができる施設ができないものだろうか?
もちろん色々審査的なものは行うとして、合格すればその場であっという間に死ねるという。
というとだ、すぐ人権屋があ~だこうだと理屈をつけてきやがるけどさ、「生きるのが嫌になった」という野郎のせいで「生きる気力のある」人が被害に遭うことはなくなるんだぜ。
今回の事件もそうだ。
そんなに生きるのが嫌なら勝手に自殺でもなんでもすればいい小西英雄なんかのために無関係な、面識も恨みもなんにもない人が「なぜ自分がこうなったのか理由もわからず」死ぬことはなかったんだぜ。

小西英雄みたいな自分で死ぬ勇気もない奴のためにだ。

もし簡単に死ねる施設があればよかったのにと、本当に思うぜ。
とはいうものの、いざこういう施設ができても小西英雄みたいな弱い野郎は行かないとは思うけどな。
ま、それでもあれば「自分で死ぬ勇気がないから死刑になって殺してもらおう」と思う馬鹿がなんの罪もない人を被害に遭わせることが少しはなくなるかもしれないから欲しいよなあ、簡単に殺してくれる施設。

どうせこの裁判も、やれ被告は精神不安定だの、世の中が悪いだの、まるで馬鹿の一つ覚えのように弁護野郎はいってくるんだろうな。
あ~吐きげがするぜまったく。
こんな弁護をするクソ弁護士も簡単に死ねる施設であっさりと処分して欲しいよなあ。
まじめに生きている人が馬鹿を見ないためにも。

谷口誠一(ネオむぎ茶)による西鉄バスジャック事件から10年

2ちゃんねるで煽られたことを原因に、西鉄バスジャック事件を起こし女性一人を殺害、4人に重軽傷を負わせた谷口誠一(ネオむぎ茶)による西鉄バスジャック事件から10年が経過した。
谷口誠一が医療少年院にいるときに3回面会したある女性は、谷口誠一から「本当に申し訳ありませんでした」といわれたことがうれしかったとおっしゃっていた。
この女性は谷口誠一が医療少年院を出た後も謝罪の手紙を受け取ったりされたそうだ。
被害に遭われたとき、ちょうど自分の娘も不登校で谷口誠一の境遇も同情できる状態だったらしいから、この女性は谷口誠一がやったことはバカだけど、それだけでは終われない思いがあったんだろうな。
しかも自分の人生もある。
いつまでも谷口誠一に振り回される人生になにかしらの区切りを付けたい。
そういう思いだったんだろうなあ。

そして谷口誠一のせいで母親を亡くされたご遺族の方、とりわけお子さんは家族を立て直すことだけをこの10年間考えてきたとおっしゃっている。
このクソバカ谷口誠一のせいで家族は崩壊寸前まで「家の中がむちゃくちゃになった」そうだが、それに負けず自分の子供と真剣に向き合い続けることによって二人のお子さんも一応の区切りの年になってくれ、本当に子供がいなかったら今ごろ家族はばらばらになっていたかもしれませんと。
そのことを振り返りながらこんな言葉をおっしゃっている。
「昔も今も心の中から事件のことを消そうと努力しています。恨みだけを言っていたら、家族が崩壊してしまう」。

さて、実はこの事件に関して、ちょっと個人的に話したいことがある。
この間ひさびさに当ブログを検索したら、削除させたいページに当ブログの谷口誠一のところがあげられていた。
もちろん削除などなっていないのだが、「削除させたい」という頭の悪い奴がいることがわかった。

あとこんなコメントも当ブログ宛てにもらっていたりする。


10/04/18 お前の方がくそやろうだ
KD121105086067.ppp-bb.dion.ne.jp

確かに谷口は犯してはいけない罪を犯してしまったのかもしれない。
でもあんたは谷口の何を知ってるんだ。
あいつは心がやさしいやつなんだよ。
何もしらないでグダグダいってんじゃねーよ。
ばーか。


そうさ、俺はなにも知らないさ。
でもそれはおまえも同じだろうが。
心がやさしいやつ?
「心がやさしいやつ」が、普通に暮らしてる人の平和を壊すのか?
馬鹿かおまえは?
で、何もしらないでグダグダいってんじゃねーよ?
おまえこそ「何もしらないでグダグダいってんじゃねーよ」。

被害者の方々、遺族の方々はこのクソバカ谷口誠一のために、自分自身の人生、家族の人生を一所懸命生きているんだよ。
別に自分たちのせいでしなくてもいい努力をしているんじゃないんだよ、
すべて谷口誠一、2ちゃんねるで煽られたというだけの理由でバスジャックをした、谷口誠一というクソバカのせいなんだよ。

谷口誠一もクソバカだが、それを間違った方法で支援しようとしているKD121105086067.ppp-bb.dion.ne.jp、おまえはある意味谷口誠一をも越えるクソバカだな。
しかも谷口誠一ですら現在は、自分のしたことを見つめ直しているというのにだ。

面会した被害者の女性は、谷口誠一から「本当に申し訳ありませんでした」といわれたことがうれしかったとおっしゃり、母親を殺された遺族のかたは「昔も今も心の中から事件のことを消そうと努力しています。恨みだけを言っていたら、家族が崩壊してしまう」とおっしゃっている。

この被害者や遺族の方々を馬鹿にするような行動は絶対にとってはいけない。
一所懸命新しい人生を踏み出している人の人生を踏みにじる権利は、誰にも与えられていない。

そんなこともしらないでグダグダいってんじゃねーよ(笑)。

ということで新しく人生を進まれている被害者と遺族の方々を応援しつつ、谷口誠一とKD121105086067.ppp-bb.dion.ne.jpが見るも無残な苦しみで死んでくれることを祈る今日この頃でした。

谷口誠一のバスジャック事件による被害者と遺族の方々、新しい人生がんばってください!

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