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危険!奴がいます「誤魔化しの弁護」

 人というのはどんなことに関しても、自分を弁護するための言葉を使っている。例えば欲しいと思っていたものが売り切れていたりすると「どうせわたしには似合わないし、もう少しすればもっといいのが出る」とか、用事のために外出したのに意味がなかったら「いい運動になった」とか、その他もろもろバリエーションがあるけど、みなさんにも心当たりがあるんではないですか?
 かくいうわたしも同じで、色々空振りな結果になる度に、「どうせ○○だ」という感じで自分への弁護の言葉を使っている。どうしてそんな風に自分への言葉を使うのか?
 簡単だよ。そうでも言わないと失敗した結果が失敗に終わり、やるせない思いが沸いてくるからさ。だから人というのは自分への弁護の言葉を使ってしまうんだよね。わたしもあなたも。
 別にこれは悪いことではないし、人間なんて弱い生物だから、こういう誤魔化しでもない限り生きていけないのだから、まあいいんではないでしょうか?

 話かわってわたしがまだ中学生(ウン十年前)だった頃に。この頃、実にいや~な出来事がクラスの中の空気として漂っていた。一人の男子生徒が毎日毎時間毎分、特定の男子生徒数人によって嫌がらせを受け続けていた。まさに見るに耐えない光景を毎日見せられ、俺は自分でその生徒をどうにもしてあげれない苛立ちを覚えながらも、彼をかばうことによって自分への火の粉が飛ぶことを恐れ、黙っていたのだった。
 そしてとある英語の時間、英語の先生が教室に入ってくると、その男子生徒がいないことに気づいた。英語の先生(女性)はクラスのみんなに聞くが、し~んと静まって誰も口を開かない。やがて一人の男子生徒(いじめてる奴の一人)が、「あいつならどっか言ったで」と。その言葉が発せられると、周りから笑い声が聞こえて来た。そう、みんなのいじめのために我慢できなくなったその男子生徒が教室を出て行ったことを笑ったのだ。「あいつ教室に帰ってこうへんねん」。他のいじめている奴が発した言葉にまた笑い声が聞こえる。
 そのとき英語の先生は状況を判断し、「教室に帰ってきても嫌なことがあるのがわかっていたら、誰も帰って来ませんよ!」と、怒鳴った。しかしまたそこで笑い声が沸き上がった。先生の言葉がおかしかったからだ。
 この男子生徒がなぜいじめのターゲットになったか? 答えは「笑う顔が不気味だ」ということなんだそうだ。笑う顔が不気味だから近寄って欲しくない。笑う顔が不気味だからいて欲しくない。笑う顔が不気味だからいじめてもいい。
 いつしかクラスの中では決め言のようになっていた。
 そう、これも冒頭の言葉通り、自分への弁護なのさ。単にいじめを楽しみたい連中が作り出した自分への弁護。笑う顔が不気味だからなにをしてもいいと勝手に作り上げた弁護。
 そしてその弁護の言葉に、自分もいじめられたくないという一心でうなずいてしまう俺を含む周りの者たち。
 いじめはいじめられる側にも問題があるとよく言われる。しかしそれこそいじめる側が自分を正当化するために生みだした弁護だと、なぜ誰も気づかない?
 いや、本当は気づいているはずなんだ。だけど、恐怖心のために否定をしない、それだけのことなんだ。
 いじめを楽しみたいだけの連中が生み出した弁護の言葉なんかいらない。
 少なくとも「笑う顔が不気味だ」としても、俺にはなんの迷惑にもならないんだぜ!



いじめの問題について「いじめられる側にも問題がある」と語っている輩を見るたびに虫ずが走る思いを、執筆してみました。

2001 スリープデッド(NBEで連載していたときのコラムです)
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