プロフィール

スリープデッド

Author:スリープデッド
弱いものを叩く力より
弱いものをまもる勇気

大嫌いなもの:きれいごと

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カウンター

ブロとも申請フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

闇の中の小さな輝き

 うちのHPを見てくれているお一人の方から「こんなのをテーマにして欲しい」というリクエストを頂いたので、ちょっと執筆してみます。
 僕の職業はコンピュータ関係で、まあソフト製作者だと思ってもらうといいだろう。
 はっきりプログラマだと言わないのは、それ以外にも色々やってるからなので、別に深い意味はないので変な想像はしないでね(笑)。
 もともと僕は子供の頃から作文など文章を執筆するのが大変大好きで、国語の作文の時間になると眼が輝いたものだ。
 遊びもブロックなどでモノを作るのが大好きで、洗濯ばさみを使ってよく合体ロボや怪獣を作って遊んでいたものだ。
 つまり僕は「モノを生みだす」という行為がとぉっても好きだったわけね。

 で、小学校5年のときにはじめてパソコン(マイコン)というものの存在を知った。
 当然詳しいことはわからなかったけど、おもしろそうだと思ったね。
 なんといっても最大の魅力は、「自分でゲームが作れる」という部分だった。
 そりゃもう大変なくらい興味を持ったね。
 で、すぐに仲の良い本屋さんに行って(この本屋さんには7年ぐらい世話になったんだなあ。懐しい)本を物色してたら、ケイブンシャから発売されていた「マイコン大百科」があり、有無も言わずに購入(ちなみにこの本は今でも手元にある)。
 まったく理解できないプログラムのところ(当時はアセンブラが主流)を見て難しいのになんとか理解しようと頑張って読んだりしたのが今でも懐しい。

 それから僕は「自分のゲームを作るんだ!」の信念のもと一所懸命勉強した。
 とにかく一日も早く覚えたいために。
 中学生になるとその熱はさらに高まり、パソコン本体も購入して頑張ったものだ。

 ところがその僕の努力とはうらはらに、とんでもない障害が待ち受けていた。
 それは、両親による「パソコンの使用禁止」というものだった。
 実は僕の両親は趣味に関してものすごぉ~くうるさい性格で、ことに父親はものすごかった。
 どれぐらいすごいかというと、100円のプラモデルを買っただけで殴られたのだ。
 父親はプラモデルが大嫌いだった。
 だけどそんなこといっても子供なのだから欲しいに決まっている。
 しかも別に無理に買ってもらうのではなく、あくまで自分の小遣いでの購入なのだ。
 でもダメなのだ。
 プラモデルが大嫌いな父親は、ひたすら俺を殴り続けるのだった。
 だから見つからないよう、部屋の片隅に隠していたのが今となっては懐しい。

 なおプラモデルだけではなく、オモチャというジャンルが大嫌いだったようで、理にかなわないことでよく殴られた。
 よく覚えているのがボードゲーム(というかカードゲーム)で、アイスホッケーを題材にした「スラップショット」を買ったときだ(ちなみに同タイトルの映画があるので、知ってる人もいるかな?)。
 買ったけどバレないように隠していたのだが、あるとき母親が「スリープデッド、この間買ったやつお父さんに見せ」といいやがったのだ。
 まったくこのクソバ・・・いやいや、お母様はなにを言い出すんだと、俺はものすごぉ~く嫌な予感がしたが、見せろという父親を前にし、仕方なしに俺は買ったばかりの「スラップショット」を見せた。
 すると父親は突然鬼の形相になり、「こんなものを買うな!」と言って(本当はなんと言ったのか忘れたが、まあこんな感じだ)「スラップショット」の箱を俺の頭におもいっきり叩き付けやがった。
 俺は痛みよりも、大事にしていた「スラップショット」の箱が潰れ、へこんだことのほうがショックだった。

 とにかく俺の父親はこういう人なので、パソコンも当然気に入らないものだったため、俺はことあるごとに殴られていたのだった。
 ある日俺はパソコンの勉強をしたいから、欲しかった「こんにちわマイコン」を購入した。
 「こんにちわマイコン」とは、知る人ぞ知る現在の漫画で描く入門書の先駆け的な存在で、当時「ゲームセンターあらし」で大人気だった「すがやみつる」による今でも思い出に残る一冊だ。
 「絶対にパソコンに関係した本を購入するな」そう言われていたので、俺は「こんにちわマイコン」を漫画だと言って誤魔化した。
 なぜか漫画だと怒られなかった。でも他のシチュエーションのときには「漫画」でも怒られるので、ようは「気分で怒ってる」としか思えんぞ。
 で、なんとか誤魔化せたので良かったと思っていたら、突然俺の母親が「なあ買ってきた漫画よませて」と言ってきた。
 今では絶対にしないが、当時の俺は自分の本を他人に読ませていた(今は汚されるのが嫌だから絶対に読まさないが)。
 しかもみんな漫画好きだったので、母親は俺に漫画を借りに来たのだ。
 いつもなら古い漫画などを出して誤魔化すとことだが、とっさのことだったので仕方なく俺は「こんにちわマイコン」を母親に見せた。
 いくらこういうことを詳しく知らない母親でもさすがに気づいたらしく、誤魔化せず、必死に「これは漫画だ」という俺の能書きも受け流され、「知らんで、怒られても」と一言いって俺の前から去って行った母親。
 まあこの時は母親は父親に言わなかったから怒られなかったけど、この件だけでもどれだけ「パソコンを覚えること」を俺は禁止されていたか、わかるでしょ?

 でまあ他にも色々あるけど、俺がなにを言いたいのかというとだ、俺はパソコン(MAC)を使えるから今でも仕事にあふれたことがないということを言いたいのだね。
 不況だ、就職難だと言われてるけど、俺はそういうことをほとんど感じたことはない(まあ少しはあるけども)。
 なぜかというとMACが使えるという「手に職」があるからで、もしMACが使えなかったら俺はどうなってたのかと思うよ。
 そしてそのおかげでまあまあの収入があるわけで(あくまでまあまあなのが悲しいところだけど)、そしてその収入に頼ってるのが誰であろう両親だったりする。
 バブルも終わり、そのため景気が傾いたのが現在の日本経済であるが、そのあおりを多少成りとも受けたため、父親の稼ぎがダメージを受けてしまった。
 そう、今や両親は俺の稼ぎにを借りることによって日々の生活を送ってるのだ(貸してるだけで絶対にあげない。俺はそんなに稼いでないし(笑))。

 さんざんパソコンを覚えるのを邪魔して来たくせに、今になってパソコンで稼いだ収入を頼る。
 親だとはいえ、本当に人間というのはいい加減だというのがまざまざと見せつけられたね。

 だが、両親の心情もわからないではない。
 今でこそ「就職にはパソコンを使えないと不利」だとか、「パソコンさえ出来れば安泰だ」と言われる時代ならともかく(現実はそんな甘くないとかはこのさい別にして)、俺が覚え始めた頃というのはウン十年前。
 その頃はパソコンといえば得体のしれない(あ、これは今でもそうか)物体で、でかいゲームマシン(これは今でも否定できないか)としか見られなかったから、そんなものが役に立つとは思えない、まして将来仕事になるなんてのは予測もされなかったのだから。
 親というのは子供の将来を本当に心配する。
 ○○をしておくと有利だとか、どこどこの学校を出ると就職率が高まるとか、そういうことが一番気にかかる。
 そんなわけだから、パソコンなんかで遊んでいるよりも、勉強をしたほうがいい。
 そう思わない親はいないし、それは当然だと思う。
 そういう意味で俺の両親は俺のことを真剣に心配したからこそこういう行動をとったのだろう。
 それは親としては当然のことだ。
 思うが、しかしそれはその子の可能性を止めてはいないだろうか?

 人にはそれぞれ得手不得手があり、みんながみんな違うモノを持っている。
 ところが、こと我が国の考え方の主流は、みんなが同じでないと落ち着かないというのも手伝ってか、普通とは違うモノを否定しやがる。
 しかし今や本当に多くの職業というのは存在している。
 そしてそれらに生かせるのはなにかといえば、普通とは違う技術・感性を持った者こそが成しえるモノなのだ。

 文章を綴るのが好きな子供。
 絵を描くのが好きな子供。
 駅名を必死に覚えている子供。
 怪獣の名前なら誰にも負けない子供。

 そういう一見くだらなく、なんの役にも立たないと思われていることこそが、本当に重要なことだというのは、昨今の「優秀な学歴を持っていようがいまいが、クズはクズ」という事例を見てもあきらかじゃないのか?

 そして一見くだらないことだと言われながらも、同じことを出来る者が極端に少ないことこそ価値があり、重宝される。
 みんなと同じことしか出来ないことは貴重な人材でもなんでもない。
 A氏とB氏でも出来るものは一緒。
 そうではなく、自分だから出来るもの、自分しか出来ないもの。
 それこそが重要で、貴重な存在になる。
 そうじゃないのか?

 俺はパソコンを覚えることをさんざん邪魔されてきたけど、頑張って覚えた。
 なぜ頑張ったのかというと、自分でモノを生みだすことが大好きで、そしてそうしている自分が誰よりも大好き。
 その性格がどんな邪魔にも負けなかったのだな。
 そしてそのおかげでこんな就職難の時代でも恐れることもなく生活している。
 もし親に反対されたからという理由でやめていたら・・・?
 どうなっていたのかは想像できない。

 子供が必死になって覚えたいというのなら、例えそれがどんなにくだらないと思っても邪魔をするべきではない。
 別にそれが収入を生むとか、儲かるとかそんなことは関係ない。
 重要なのは、人間には誰もが可能性があり、その可能性を親だろうがなんだろうが、第三者が潰す権利はないし、絶対にしてはいけないという点だ。
 本当に子供のことを考え、愛しているのならその可能性を信じてあげて欲しい。
 そして自分の可能性を頑張ろうとしているのなら、どんな邪魔にも負けないで頑張るのが一番。

 ガキの頃の俺はすぐにはパソコンを買ってもらえないため(いや、これは値段が値段だから、はいそうですかと買えない事情もある)どうやって勉強していたかというと、「こんにちわマイコン」に付録として付いていた紙製の「実物大キーボード」を広げて、それをまるで実物を触っていると想像して叩いていたのだ。
 「A」を押すと「A」がディスプレイに現れる。
 「PRINT "SLEEP DEAD"」そして「RETURN」を押すと、画面に「SLEEP DEAD」が現れた。
 そう想像していたのだ。
 今でも涙ぐむ光景だなこりゃ。

 どんなにくだらないことでも一所懸命がんばる。
 俺は人間として生まれた生物の、その姿が一番うつくしく、輝いていると思うが、どうだろうか?



今回のようにテーマのリクエストもありですので、どうぞよろしく!
くだらないと思われても可能性に賭ける姿は誰であろうと本当に美しい。

2002/03/10
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kikendesu.blog84.fc2.com/tb.php/20-c436ee47

 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。