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わたし肉たべまあす

昔サザエさんでこんな話があった。
魚屋さんで今にも包丁で捌かれそうになっているウナギがいた。
で、その現場にちょうどやってきたマスオさんが、ウナギが欲しいというと魚屋さんは「はい、もう少しお待ちください」といい、今手に持っているウナギを包丁で刺そうとするのだが、マスオさんは「いや、その生きているまま欲しいんだ」といい、「え!このままですか!?」と驚く魚屋さんから生きているままのウナギを買って受け取る。
そしてマスオさんはその生きているウナギを手でつかんだまま河に行き、「今度は捕まるなよ」といって河に逃がしてあげる。

さて実はこの間のコラム「美しい涙 汚い涙」のときに、こんな投稿をいただいた。
(まだ自分の意見を言っていてくれているので名前掲載はしません)


動物愛護・・・・このような活動している方々は「肉・魚」は食べないんですよね?もし食べている方がいらっしゃるのであれば、食べられる動物(牛や豚や鶏など)は殺されてもいいのでしょうか?一般的にペットなどで飼われる動物達は殺されてはいけないのでしょうか?日本では「犬や猫」は食べません。しかし、それは狭い日本での話し、例えば中国では「犬も猫も」普通に食べる地域が多く有ります。彼らにとっては「食べる為に殺す」事が常識であり、日本人の牛や豚や魚を殺して食べるのと同じ感覚なんです。これ以降はかなり残酷な表現が出てきます。犬を食す民族(朝鮮族や中国)が犬を食べる場合、美味しい肉として食べるには「思い切り叩いたり傷をつけたり、生殺し状態で、いかに苦しませて死ぬか」かが、美味しくなる殺し方で・・・・でも、これが常識な国・地域があるのも事実です。人間はずるいので、自分の考え方・常識を一番正しいと考え、それを否定するもの、否定する行動には、「おかしい」といって攻撃します。でも、全てではないですが、それが「間違いです」と言われる国も存在するのです。これを読んだ一部の方は、「だから朝鮮族は、或いは、中国人は嫌いだ」といって、話題をすりかえる方たちが居るでしょう。私が言いたいのは、日本の常識は世界では非常識の場合も有る、日本で当然の事が世界では不自然の事も有る。動物実験も過去はそれによって「重要な薬が開発されたり・・」 ゴキブリなどは叩き潰される。蚊も同じ・・・最後に、「動物愛護」すごく聞こえはいいのですが、牛・豚は・・?ゴキブリは?それは「愛護」の対象にはならないのでしょうか・・・?非常に難しい問題です。一方的な考えでなく、双方の立場で考える事が大事と考えますが、いかがでしょうか・・・?面白半分での動物殺し・・と、ゴキブリをゴキブリホイホイで捕まえ、生きたままの状態でゴミとして捨てる、或いは、叩き潰す・・・何が違うのでしょうか? どのような理由で前者は責められ、後者は何も責められないのでしょうか?



まあ今回の限ったことではなく、昔からこういう意見はいっぱいあるから別に珍しいことでもないのだが、ちょうどいい機会だから今回コラムとして執筆して自分の意見を言わせてもらう。
そうだよ。
勝手だよ。
勝手なことだよ。

でもそれがなにか問題でも?
そもそも人間なんて勝手な生物なんだよ。
さんざん殺しといて絶滅しかけたら必死にトキみたいに保護しようとしたり、全滅させた日本オオカミやカワウソ(まあカワウソはまだ全滅の烙印は押されてないけど)を必死に探したり。
勝手なものなのさ、人間なんて。

そして俺自身も最近は違うのだが、少し前まで豚や牛、鶏と一緒に生活する人の気持ちが全然わからなかった。
わからないというより、「勝手だなあと」思っていた。
だって豚・牛・鶏を人間たちは食ってるんだぜ。
その食っている動物をペットにするなんて、なんて勝手なんだろうと。

勝手?
勝手なこと?
これって勝手なこと?

確かに普段殺して肉食ってる生物をかわいがるなんて、自己満足じゃないかとは思わなくもない。
でも牛や豚鶏すべてを殺してもいいっていうのはまた別の問題だろ。
殺される動物と今そのかわいがられて人間と一緒に生活する牛豚鶏くんは生物学的には一緒でも個人として考えたら別なんだから。

話変わって人間ってのはなかなか普段やっていることをやめることができない。
タバコや酒、無駄遣い。
俺はとくに無駄遣いが多いからやめようと思う。
思うのだが、なかなかやめれない。
たぶんこれ、俺以外みんなもそうだと思うが、やめようやめようと思うほどやめれないものなのさ。
だが、完全にやめないまでも減らすことはできる。
毎日10本すってるタバコを9本にしようとか、毎月5万円つかってるけど、今月は49000円しか使わないでおこうとか。

完全にやめることはできないが、減らす努力はできる。
たとえそれがわずかで少なく、あまり意味がない努力だとしても。
無駄を少しでも減らそうとするのが人間だ。

確かに俺は牛や豚、鶏の肉を食って生きている。
それはすっげえ嫌で、もし人間を生み出した神という存在にあったとしたら、「てめえ人間を肉食にしてんじゃねえよ!」と延々文句いってやろうと思ってるよ。
しかし人間、肉食獣に生まれた以上しかたがないことだ。
もうどうしようもないのさ。

だからなおさらもし助かる命がある、助けることができるのなら助けてもいいって考えるんじゃないか。
少しでも命の無駄をなくしたい。
そう思うことはそんなにいけないことなのだろうか?

松原潤をはじめとする弱いものにしか強く出られないクソ連中。
こいつらがしたことはさんざん苦しませて殺害し、それをネットで笑いものにしたんだぜ。
こんなことする必要があったか?

ぜんぜんねえだろうが!

確かに動物を殺した肉食ってるくせに、こいつ勝手だと思う考えがわからないでもない。
だが、だからといって動物虐殺野郎を援護する気にはならない。
それを勝手だの、きれい事だというのならいえばいい。
別に俺は勝手な奴で結構なんでな。

殺される命があるのなら、助けれる命だってある。
そうじゃないのか?

なにがあろうと俺はこれからも殺さなくてもいい命を簡単に奪う奴、苦しめる奴は一生憎み続けるし、機会があれば被害にあった動物たちと同じ目にあわせてやる!
そう思って生き続けてやるよ。

冒頭のマスオさんの行いも確かに小さいことだろう。
だけど助けられたうなぎにとっては小さいことではない。
とても大きいことだ。

俺も小さくてもいいから大きいことをこれからも続けていこうと思っている。

命の無駄を少しでも減らすために。
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コメント

スリープデッドさん、こんばんは。
いつもいつも、うまく伝えられなかった思いをすごく的を得て伝えて下さったと思います。ありがとうございます。

動物愛護を口にすると、必ずと言っていいほど言われるのがこの手の反論。
確かに私たちは、牛肉や豚肉、鶏肉を食べます。しかし、自ら手を下してたべません。卑怯かもしれませんが、それは畜産の仕事をなさっている方々に託しています。しかし、自分で手を下して食べなければ食べられない環境にあれば、あえて手を下してまで食べようと思いません。自分で手を下さなければ食べられないのであれば、ベジタリアンになってもいいと思っています。

彼ら(畜産業の方)は、命をいただいて生活している。それが生きるための手段。そして、命をいただきっぱなしではなく慰霊もする。それがいただく命へのマナー。

常々、私は畜産の家にはお嫁に行けないと思っています。明日には売られてしまう牛やぶたを夜のうちに逃がしてしまいそうです;;逃がしたところでどこへ行けというのか、って感じですが・・・

その命をいただく直接手を下す畜産の方々も、虐待して苦しめて命を奪う方法を取る方はいないと思います。少しでも苦しまないように急所を一撃、と聞いたことがあります。それが、いただく命へのマナーだと思います。勝手な言い分かもしれませんが。
だからこそ、松原カスのように虐待を公開したり、楽しんだりする輩を許せないんです。
命をもてあそんだわけですから。
これこそ、命へのマナーどころか、神への冒涜じゃないかと思います。
それと、愛玩動物(ペット)は、ゴキブリや蚊とは異なるんじゃないでしょうか。というのは、愛玩動物というのは、存在として意味がある。心身ともの癒しを与え、人間に対しての役目を果たしている。
ゴキブリや蚊は癒しを与えたり、セラピーなどの役目を果たせるでしょうか?(中には特殊な趣味の人もいるかも知れませんが・・)
また、重篤な病気を媒介したりする。愛玩動物は、適切な飼育方法を誤らなければ病気を媒介することもない。
うまく思いを説明できないのですが・・

マスオさんのお話、すごく好きです。

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そうか~。やっぱいるんですね!こんな方。
愛玩動物と家畜と害虫・・全て一緒でしょうか。
この広い世界の中。。
多数決とは言いませんがーーー
ゴキブリを好んで飼う方はいるのでしょうか?
中国の実態を何処までご存知なのでしょうか?
http://www.all-creatures.org/ha/china/index.html

生きたまま毛皮を剥がされーーー
生きたまま苦痛を与えられる動物実験。
毎日のように行われる殺処分。
この日本でも行われてることです。
思うのですが、こういう問題に対して
じゃぁ肉は?ゴキブリは?って言う方って・・・
屁理屈としか聞こえません。
快楽・贅沢品・薬物実験で殺される犬・猫達。
日々、行われる保健所での殺処分。
彼らは好き好んで野良になったんではない。
最近では飼い主自らの持込みも増えてる。
ペット回収車も走ってる。
これらの現実を全て観てからご発言願いたいです。

そして又、反論されるなら どうぞ。
声無き動物達の苦しみと辛さを、解らない方に
お教えさせていただきます。
頭さえ悪くなければ、解る事です。
赤い血が流れてるのは人間だけではありません。
この世に生きてるのは人間だけではありません。

私も勝手な奴ですが、弱いものを嬲り殺す行為には
とことん反対ですので、とことん反論します。

Re: りおさんへ

りおさん、こんばんは。
お褒めいただき、ありがとうございます!
でもちょっとてれました(笑)
わたしももし無人島などで生活しなくてはいけなくなったらどうするだろうと考えたことはあります。
そしてりおさんのように野菜や果物だけで生きていけるかと考えたこともあります。
でも本当にそれで生きていけるのだろうか?
この考え方はきれい事ではないのだろうか?
そう考え答えがまだでていない自分もいたりします。

畜産の話ですが、「明日には売られてしまう牛やぶたを夜のうちに逃がしてしまいそう」という部分ですが、なんとなくわかる気がします。
わたしもそんなことしそうで。
ただそう思うと思うほど、畜産の人たちって偉大だなあ。
と思いました。
卑怯な話ですが、わたしはとてもそんなことできないですから。
目の前にいる生命を殺してしまうことが。

愛玩動物と害虫の話ですが、これもよくいわれる問題なのでわたしも考えたことがあります。
一応わたしはできるだけ害虫とはいえ殺さないように努力する。
そう考えるようにしました。
以前テレビであるタレントがいっていたのですが、「蚊って血を吸うぐらいだったら許してあげるのに、なぜかゆくさせるのかなあ?かゆくさせなかったら殺されることもないのに」と。
蚊やゴキブリという、いわゆる害虫あつかいされる生物は、生まれもって害虫になってしまっているんですね。
そう考えると生命の誕生ですでに差別がはじめっている、かわいそうな存在なんですね。

「うまく思いを説明できないのですが」わたしもそうです。
物事で一番難しいのは学ぶことよりも伝えることだといわれています。
昔はあまりそんなこと気にならなかったのですがこういう活動をしていたりするとそのことがすごくわかるようになってきました。
まあそれだけ伝えることは難しいわけですから、気にせず自分の言葉で伝えていきましょうね。

マスオさんの話ですが、わたしもいい話だなあって、子供の頃から思ってました。
で、いつか誰かに伝えようと今回とりあげてみました。
気に入っていただけたようで、長谷川町子先生ではないですが、わたしもうれしいです(^^)

コラムにも書きましたが命を奪って生きてゆく宿命がある人間に生まれたけど、だからといって助けれる命があるのなら助けたい。
そう考えることができるのもまた人間だと思います。
お互い助けれる命を助けるべく、そしてそれを広めるためにもがんばりましょうね!

Re: bellさんへ

リンク先を拝見しました。
正直わたしは同じ人間として、人間に生まれたことを後悔するほど怒りに身体が震えました。
なぜ、どうしてここまでする必要があるのか。
ものには限度という言葉があることをこいつらはわからないのか!
こいつらこそあらゆる苦痛をあたえられて死んじまえ!
そう何度も叫びましたね。

確かに我々みたいな動物愛護を唱えるものに対していつもゴキブリはどうだとか、肉くってるくせに言うなという意見が多く来ますが、正直それってbellさんのおっしゃる通り屁理屈ですよね。

>赤い血が流れてるのは人間だけではありません。
>この世に生きてるのは人間だけではありません。

まったくその通りですね。
こんな当たり前のことがわからないぐらい頭の悪い奴こそとっとと処分。
弱いものこそ護られる存在。
そういうことができる世の中になるよう、お互いがんばりましょうね!

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畜産動物の実態を知って肉を食べれなくなった者です。
牛乳や卵も食べません。
日本では、菜食主義を貫こうとすると、大変な面もたくさんあります。偏見も多いです。
そして、ネットなどでは「偽善者」と良く言われます。
植物だって命があるのにと・・・・
こちらに書いてあること、うんうんと言って読んでいました。そうなんですよね・・・
どうして、そこのところを分かってもらえないのでしょうか。全部は救えない・自分が生きている以上、自分のために死ぬ生き物もいる・・・でも、なるべく、その犠牲を少なくしたい。やっていることは無駄なことなのかもしれないけれど・・・・・ただそれだけなのです。
犬や猫の殺処分にしても、今の現状を仕方がないと言って、そのままにしておくかよりも、肉を食べていても、殺処分される犬や猫を減らすように働きかけるほうが前進にちがいないと思うのですが・・・

突然失礼しました。
心中のもやもやをすっきり言ってくれてありがとうございました!

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