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カーニバルのひよこ

俺が子供の時テレビでみたある映画(たぶんアメリカの映画)のワンシーンでこんなのがあった。

大人の男性が自分が子供の頃の話をはじめる。
子供の頃、カーニバルが大好きでいつも楽しみにしていた。
特に楽しみだったのはひよこのダンスで、ぴょこぴょこと飛び跳ねるひよこがかわいくて、すごく気に入っていた。
ところが不思議だったのはこんな小さいひよこがダンスできることだった。
どうやってダンスさせているんだろう?
そう疑問に思っていたら、ある時その疑問を偶然知る。
ひよこをダンスさせていた男がいないときにひよこがダンスしている場所にいって真実を知った。
なんとそこにはフライパンが置いてあったのだ。
もちろん火にかけて熱くなるフライパンだ。
そのとき男性は、ひよこのダンスは足下が熱くて逃げるためにはねていたのだということを知る。
そう、自分が見てかわいいと思っていたひよこのダンスは生きながら焼かれて地獄のような苦しみを味わっているひよこの死んでゆく姿を笑いながら見ていたということを。

この映画、まだ全然幼いときに一度だけ見ただけなのでストーリーの細かいところは全然覚えていないし、タイトルも出演者もまったく覚えていない。
だが、このひよこのダンスの真実を語った男性のシーンだけは強烈に覚えている。
子供の頃の嫌な思い出、そして笑っていた自分に後悔している男性の姿を。
(映画なので作り話かもしれないし、ひょっとしたら現実にあったことを映画化したのかもしれない)

これってなにかに似ていないだろうか?
各有名ニュースサイトには必ずといっていいほど引用され、ネットでは常識と紹介される。
電車男やブラック会社などの当たり企画が生み出され、書籍はベストセラーになり映画化やテレビ化により知名度がアップ。
どこもかしこも楽しい場所だと紹介される。

そう、2ちゃんねるだ。

なるほど、確かにネット=2ちゃんねるは当然のことはもちろん、大手週刊誌やテレビまでもが取り上げ、なにかあると一方2ちゃんねるではと、まるで2ちゃんねるがすべての意見の集まりのように紹介される。

だが、そこにあるのは数万人を笑わせるために一人をみんなで中傷しまくる最低な空間があることを誰も知ろうとはしない。

そりゃさ、俺だって本当は普通に2ちゃんねる見て笑ってたり、ニコニコ動画で面白いムービー見ていたら幸せだったと思うよ。
電車男やブラック会社を読んで感心したり、モナーのグッズを集めてみたり、2ちゃん語を使えてたりしたら楽しかったと思うぜ。

だがな、生きたままのひよこを焼いている真実を知ったいま、そんなことができるほど俺は最低な奴ではない!

で、こういう話をすると2ちゃんねるにいらっしゃる勝ち組(笑)は、
「おまえだって鳥肉くうだろ」
だの
「どうせ殺して食うんだから生きながら焼いても一緒じゃね」
と、上目線でおしゃってくださる。

あのさ、殺されて食われるのと生きながら焼かれるのは苦痛の違いが全然違うだろうが!

しかもだ、それを笑って見る?

そんなことできるかボケ!

知らないことはしあわせ。
見ぬこと清し。

なにも知らないでいるとなんの悩みも作らないから楽だ。

例えばだ、世の中にはやれ犯罪者にも人権がだの、最近でもあの法務大臣の能無し江田五月(コイツについては後日あらためて叩くので待っててね)が「やはり日本も世界に合わせて死刑の廃止を考えてもいい」などとほざいてやがるが、女子高生コンクリート詰め殺人事件や栃木リンチ殺人事件、山口母子殺人事件に名古屋アベック殺人事件などの事件の真実を知ったら「死刑廃止!加害者にも人権を!」なんてどんな理由があっても言えない。

なぜなら真実を知ってしまったから。

それと同じさ。
真実を一度でも知ってしまったらもう忘れることはできないのさ。

正直に言おう。
俺も昔は2ちゃんねるが楽しい場所だと思っていた。
モナーをはじめとするAAをみては「よくできてるなあ」と感心したり、ニュース速報で情報を集め、ゲームや映画など趣味に関しても2ちゃんねるを使っていた。

だがひよこが生きたまま焼かれていることを笑って見ているという真実を知ったいま、とてもじゃないが笑うことなんてできるもんか!

残念ながらまだまだ真実を知らない人は多い。
だが真実を知った、知ってしまったからには2ちゃんねるで笑うことはもう絶対ないし、そしてあってはならない。

2ちゃんねるを楽しい場だと思っている真実に目を背けている野郎へ。

生きたままひよこを焼いて苦しんで死んでゆく姿を笑って見ているのは、そんなに楽しいことなのか。
答えてみろよ。
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復活!

みなさんご無沙汰&ご心配をおかけしましたが、今日から復活です!

実は仕事&モンハン(笑)に忙しくなかなか時間がとれなかったのですが、相変わらず2ちゃんねるを持ち上げるアホメディアや、被害者の感情を考えもしないクソ法務大臣「江田五月」による「死刑は廃止すべき」などというどうしてもおさまらない怒りが爆発しましたためもう仕事もモンハンもしている場合じゃないなということで復活する決意を固めました。

まあさすがに仕事は忙しいので頑張りますが、モンハンも忙しいので(笑)どこまでやれるかはわかりませんが、なにもしないより小さいことでもなにかをするべきの心情で自分にできることをやりたいと思います。

あと、休憩中にいただいたコメントですが、いくつかそのまま掲載ではまずいので(個人情報が書いてあるなど)少し修正させて掲載させていただきますのでもうしばらくお待ちくださいね。
あ、もちろんクソ野郎に関する個人情報はばんばん掲載をお願いしますのでその部分の遠慮はいりません(笑)

とにかく復活しましたのでみなさんどうぞよろしくお願いします!
本当にご心配をおかけしました!

人の命は地球より重い?笑わせるなよ腰抜け裁判員&マスコミ

耳かき店の21歳の女性店員さんとその祖母を殺害した林貢二(はやしこうじ 42歳 千葉市美浜区幸町2丁目)の事件はご存知だろうか?
お店にいる被害者の女性を(勝手に)好きになり告白するも断られ、その逆恨みを被害者の女性にぶつけるべく自宅を強襲。
被害者の祖母をハンマーで数回殴りナイフで刺殺!
被害者の女性店員さんをナイフで刺し一月後に死亡させた事件だ。

もうこれだけの文章を書くだけで怒りで身体が震えているのだが、この事件が事件自体の大きさよりも大きな話題になったのは初の裁判員裁判での死刑が求刑されるかどうかという点だ。
俺も連日連夜この裁判での報道を目にしてきたが、それがもう呆れ返るくらいのやりかただった。
見たひとはわかると思うが、検察側がだした死刑を裁判員の人たちが「死刑」といえるのかだの、そんな重い責任を裁判員に持たせていいのかだの、まさに「死刑といってはいけませんよ裁判員の方々」という内容ばかりだった。
(ひょっとしたら放送局や番組によっては違ったのかもしれなが、俺はそうとしか思えなかった)

で、こういうときにいつもだされるのが「死刑=命の重さ」という話だ。
「死刑というのは国家による殺人だ。だから俺は死刑には反対。終身刑で一生反省させるべき」
ちなみにこの言葉をいったのは上岡(父親は弁護士)龍太郎だ。

確かにな、そういういいかたもあるだろうな。
で、それがどうした?

あの女を自分のものしようとしました。
だから襲おうと思ったけど失敗しました。
むかついたのでばあちゃんも一緒に殺しました。
反省しています。
お腹空きました。
ごはんまだですか?

こんな奴の命が重い?
ぷっ、なにそれ笑って欲しいのか?
ジョークならもう少し笑えるやつを頼むぜ。

実は以前ある番組を見ていたらタレントの板東英二さんがオウムの事件を話している時の殺された弁護士一家のまだ幼いお子さんの残された映像を見てこういった。
「こんな幼い子供まで殺してしまったオウムの連中は死刑で当然。それなのに死刑に反対している人はいったいなにを考えているんでしょうね」
とコメントをしたときにCMになり、俺もそうそうその通り!と思いCMが終わって番組が続くといきなり女性アナウンサーが「さきほど不適切な発言がありました」といい、なんと板東英二さんが謝るという俺には信じられない映像がそこにあった(この番組は生放送だったのだ)。

つまりだ、死刑反対の命を重んじる(だってさ(笑))が抗議の電話をしたわけで、その抗議を受けて板東英二さんを謝らせたわけだ。
いまでも俺はこの番組を見ていたときに「おまえたちこそ死刑になれ!」と死刑反対の連中に思ったことを忘れていない。

そもそも命の重さとはなんなのだろう?

「命は誰もがひとつしかない。だから大切なのだ」
ということだよな?
ところが実際は違う。
被害者の(もうなくなったんだから今さらどうこうしてもしょうがないよねえ)命よりも、加害者の(生きているから必死にまもってあげなくてはいけない)命を大切にしてるわけだ。

命が生きてるのは加害者だからな。

けっ、ばっかじゃねえの。
命ってのはな、確かに誰もがひとつさ。
そりゃまもらなくちゃいけないだろう。
だがそれは、「まもらなくてはいけない」命に限ってだ。

他人の人生を身勝手な理由で奪った奴の命なんか、まもる価値なんかあるか!

生まれてはいけない命はない
そう、誰もが生まれてくる権利がありそれはどんな力にも邪魔されることはあってはならない。
でも、生きていちゃいけない命はあるんだよ。

で、これを書いていたらまたしても裁判員裁判の死刑求刑として、あらたな事件が出てきた。

金目的で生きたまま男性二人の首を電動のこぎりで切断!
池田容之(いけだひろゆき 横浜市港南区 住所不定 31歳)こいつが殺人をやり
南部宇宙(なんぶたかおき 滋賀県東近江市 27歳)こいつが池田容之に依頼した
石原隆一(いしはらりゅういち 東京都港区 30歳)こいつは南部宇宙と共に金を奪った
(他被害者の監禁の共犯で3人)


マージャン店を経営している男性二人を金を奪う目的でホテルの一室に監禁。
電動のこぎりで生きたまま被害者の首を切断!
被害者は「せめて妻に会わせて欲しい。殺してから切断して欲しい」と最後の言葉を残したが、池田容之は「動くとうまく切れないだろう」と、なんの躊躇もなく被害者の首を生きたまま電動のこぎりで切断。


こんな常識では考えられないことをやっていた奴の命が重い?

で、この事件、さすがに死刑以外考えられなかったのか、意外にあっさり「死刑」判決。

ところがそれだけではこの話は終わらなかった。

死刑を決めたという裁判員のおっさんは「何度も夢に出てきた。何度も(加害者のことを思って)泣いた。泣きながら決心した」。

この話もむかつくが、死刑判決を言い渡した裁判長、横浜地裁の朝山芳史は
「こんなことになり残念だけど、被告人には控訴することを勧めました」

これはどういうことかというと、「なんだよ死刑って。そんな判決だせるわけないだろ。俺はエリートでまだまだ出生するべき人間なのにこんなところで汚点なんか残せるかよ。でも裁判員野郎が死刑っていいやがったしそれを曲げたらまたああだこうだいわれるしなあ。そうだ!いまは一応死刑っていっとくけど控訴させてここで結果残さなきゃいいや。控訴のときに死刑が決まっても俺のせいじゃないし。しかもいま控訴をするようにいえばやさしい裁判長で通るし。よし!これでいこう!」
ってことだよな?


なあにが「何度も泣いた」だよ。
なあにが「被告人には控訴を勧めた」だよ。

そんなに泣きたきゃ被害者やその遺族のために泣けよ。
あんた裁判長だろ。死刑といったら死刑っていうぐらいの気持ちでやれよ。


だけどな、実は俺はこのふたりがなぜこんなことをいった、いわなくちゃいけないのかは実はわかっているんだよ。
そう、結局今回も板東英二さんと同じなのさ。

死刑賛成!
こんな奴は死刑にして当然!

そういうと世論(実際は世論ではなく極一部の「どうわたし頭いいでしょ」といいたいだけの死刑反対を謳ってるクズ野郎共)から攻撃される。
だから、素直に死刑!といえない。

まったくこの死刑反対といっとるクズはなにを見てきているのか呆れてものもいえないぜ。

で、なに?
人間一人の命は地球より重い?
だからどんな人間の命も大切にしなくちゃいけない?

確かにどんな野郎でも命はあるし大切だろうよ。
地球より重いだろうよ。

だがな、それはあくまでまじめに生きているもののみが受けれる権利だろうが!

確かに「人間一人の命は地球より重い」であり、「注:まじめに生きている人のみ」
とはどこにも書いてないかもしれないさ。

だけどな、じゃあどう考えても死刑でしかありえないようなことをしたクズまでそれを適応する。
それはすさまじいまでの解釈だな。

世の中、こういうなにを持って適応するべきか、適応せざるべきか
それを判断しない、できない奴が多すぎる。

「人間一人の命は地球より重い」

まだ小学生のときにその言葉を聞き、なんて素晴らしい意見だと感心した俺に今タイムマシンにでも乗って「そんな言葉で感心するなボケ!」とでもいいたくなるほどくだらない言葉だな。

で、実はこれを書いているときに実は何件かの裁判員裁判での死刑判決が起こっていた。
実にめでたいことだ。
まあそれでも素直に喜べないのだが(相変わらずいろいろ理由つけての判決だから)それでも死刑判決がでることはいいことだ。

人間は間違いながら間違いをなんとかしようと何万何千年も歴史を少しずつ修正している頭の弱い生物である。

今に「泣きながら死刑を決めた」などということをいわなくてもいい死刑判決が出せるようになる。

被害者の女の子。
耳かきの仕事をがんばってたんだろうなあ。
いろいろ将来の夢もいっぱい持っていたんだろうなあ。
お婆ちゃんも自分の孫のことをまもれなくて残念だったろうなあ。

「人間一人の命は地球より重い(注:まじめに生きている人のみ)」

一日も早くそういえるようになるようみんなでがんばろう!

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