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Author:スリープデッド
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うるさいから刺しました パチパチパチ!(拍手)

昔々(といってもそんな昔じゃないけど)、まだ俺が学生のときに後ろにいる奴が鬱陶しくてしかたがなかった。
くそおもしろくもない話をでけえ声で授業中もぎゃあぎゃあわめきやがって、うざいことこの上ない。
まあ、それぐらいならまだ我慢出来る(いやできないか)。
俺が一番むかついたのは、怖い教師のときにはおとなしくしていて、弱い先生、おとなしい教師のときだけうるさかったことだ。
まあこいつだけじゃなく、こういう怖い教師のときだけおとなしい野郎は多いけど、俺はこういうくさった野郎がだいきらいだ。
そんなにうるさくしたいのなら、怖い教師のときでもさけんでいろよ。
弱い先生のときだけ本性だすような卑怯なまねすんなよ。
なっさけねえ野郎だ。

そこである日、ついに俺の怒りは爆発して、この鬱陶しい野郎の脳天をコンパスの針で突き刺してやった。
まさにざまあみろだ!

ただ残念だったのは、なんだかんだいって俺も犯罪者になりたくないというほんのわずかなやさしさが出てしまったがため、少々のケガで終わってしまったことだ。
ああ、ケガではなく殺しておけば少しは世の中も平和だったのに。
そう思うと残念でならない。

さて、先月だったかな?
ある高校で女生徒が同級生を刺して大けがをさせるという出来事があった。
で、この話最初きいたときに絶対に俺と同じような状況だったんじゃないかと思ってたら見事正解!
普段からうるさくて鬱陶しいから刺したとのこと。

いや~実にいい話だ。
俺は以前「真実の死者」でも書いたけど、弱いものいじめなどを平気でやるような馬鹿をぶっ殺したりするような出来事を聞く度に、実にすがすがしい気分になってしまう。
え?なに?不謹慎?
おまえはなにを考えているのか?って

ちゃんと考えてるって。
どんな人が幸せになって、どんなクズ野郎が不幸になるかってことをね。

弱い先生だからってうるさい野郎なんて死んだっていいんだよ。
こういう奴は絶対に弱いものいじめや強いものにゴマをすって弱いものを犠牲にするような最低な生き方しかしない。
だから早いうちに殺してやったほうが幸せなのさ。
他の被害者を増やさないためにもさあ。

ただ残念なのは俺のケースと一緒で、この女の子もとどめをさせなかったということ。
俺もあのクズを殺しておいたら今ごろ笑い話になっていたのにと思うと残念でならない。
この女の子も同じようなことを考えているかもしれないな。

まあそれでもあっぱれ!
きみは本当に素敵なことをしたよ。

もしこれを読んでいて、俺もわたしも鬱陶しい奴を刺したい、殺したいと思っている若い子がいたら、遠慮せず後追いのように同じように刺してやればいい。
なあに、大丈夫。
テレビで知ったこの事件の影響だといえばいい。
あ、そのとき泣きながら「彼(彼女)には悪いことをしました。反省してます」といえば大丈夫だからさ。

ということで今回の鬱陶しい奴を刺した勇敢な女の子。
あなたにこの言葉を捧げます。

きみは勇気のある本当の英雄だよ!
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やあおひさしぶり!みなさんお元気ですか?

更新しなくて2カ月が経ってしまいましたね。
こういうページが更新しないと、「おい、ついにスリープデッドの野郎が負けを認めたぞ」だの、「我々の勝利だ!」だのといった頭の弱い連中が思うようだけど、残念ながらわたしは元気に生きております。
幸せかどうかは置いといて(笑)。

更新しない理由は仕事が忙しいというのもありますが、モンスターハンターフロンティア(Xbox360版)にすっかりはまってしまって他のことが手に付かなくて(^^ゞ
えへへ。

色々まだまだ弱いものが泣きをみる世の中で、やりたいこと、行わなくてはいけないことも多いですが、まずそれを行うためにも自分自身が元気に、そして幸せになっていなくてはいけない。
よく金持ちや力のあるものが奉仕活動などを行うと、決まって出るのが「売名行為」という言葉。

わたしはその言葉がだいっきらいです。
なぜなら売名行為だろうがなんだろうが、なにかやるということはなにもやらないことよりも大切なことだから。
そしてまた、奉仕活動を行う者たちは金や力を持っているからこそその幸せを他のものたちに分け与えることができる。
自分が不幸なのに幸せを分け与えることはたしかに立派なことだと思う。
だけど、せっかくその幸せを分け与えても自分自身が不幸になってしなってはなんの意味もない。

以前北朝鮮の拉致問題で、わたしは自分の母親がこんなことを言ってきたので、ちょっとケンカのような感じになったことを覚えています。
「この人たちって北朝鮮に拉致されたのにこんなことしてるのって信じられない。わたしなら北朝鮮に直接行って家族を助ける」。
しかしわたしはこの言葉を聞いた時、自分の母親ながらそりゃ違うだろと。

確かに心情的にはそういう思いは充分通じるし、もし自分も愛するものが北朝鮮の拉致の被害者にでもならばそう思ってしまうどころか怒りばかりが先行してなにをするのかわからないだろう。
しかし相手は一国の大国家なのである。
個人では力が及ぶはずもない巨大な敵である。
もし万が一北朝鮮に乗り込むことができても、そこから愛するものを助けれるという保証はおろか、ひょっとしたら自分自身はさらに被害者になるかもしれない。
だから拉致の被害者の家族のみなさんは自分の気持ちを抑えて自分たちができることをやっているのではないだろうか?
もし俺が拉致された場合、すぐに家族のものが助けに来て欲しいのはやまやまだけど、もしその家族も捕らわれの身になったり、あるいは殺害されてしまったら、自分を助けるものは誰になるのだろう。
そのほうが俺はすごく恐ろしいことだと思う。

ということでみなさん、元気で生きていましょう。
幸せになりましょう。
我々弱いもののことを考えることができる者たちが元気で幸せに生き続けていれば、それだけで弱いものをまもることができる。

自分が幸せであるからこそ幸せを分け与えることができる。

更新を休んでいる間も書き込みや拍手でのコメントをたくさんいただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当に世の中いろいろいわれているけど、やっぱ捨てたもんじゃないなあって思います。
まだまだ弱いものが弱いままの世の中ですが、一歩ずつでも歩み続けて、少しずつでもいい方向に変えてゆく。
少しずつですが歩み続けたいですね。

もちろん自分自身は元気で幸せに生きてね(^^)。

ということで仕事もろくにせずゲームばっかしてるわたしですが、元気で幸せに生きております。
これからもよろしくね!

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