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過去のコラムをアップしました

過去に執筆したコラムを大量にアップしました。
今読むと恥ずかしかったり、逆にこの頃のほうが俺も熱かったなと感心したりと、まさに大掃除のときに見つけたアルバムのような状態でアップ作業を行いました(笑)。
もちろん新作のコラムも執筆しますので、こうご期待!

で、例のクズを殴りに行く話ですが、以下で話してますので、興味のあるかたはどうぞ覗いてみてください。

http://tcup7116.at.infoseek.co.jp/sleep_dead/bbs
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第14回「もっと面白いゲームをしよう」

ついにこの日がやって来た。
それはあの神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗こと「東 真一郎」が関東医療少年院を出たということだ。
しかも保護観察期間もこの間終了してしまった。

散々動物虐待・虐殺を繰り返し、14歳だった1997年に二人の女の子をハンマーで撲殺しようとし一人が重体。一人が死亡。
そして知人の男の子を殺害しその首を学校の校門の前に晒した最低な奴。
そんな奴が我々と同じ社会に帰って来やがった!

いつかは来るとは思っていたが、それが2004/03/10だったとは。

で、早くも大問題になっているが、俺はこいつ本人もそうだが、両親やそれを援護するエセ人権屋もさらに恐ろしいと思ったね。
もうすでに読まれたかたはいると思うが、裁判長・弁護士、そして両親がすでにこいつに関するこういうコメントを出してやがる。

裁判長:きみのマラソンは60kmもある大変な距離だが、がんばって欲しい。わたしはもうすぐで定年するが、20年後に一緒に走れればいいね。

担当判事:自分の罪を自覚して、もう悪いことはしないと言ってくれてうれしかった。

さすが、お偉いさんのコメントは泣けてくれるネ!
(裁判長のマラソンの距離60kmは、なぜ60kmなのだ?)

父親:家族5人で一緒に暮らして助け合える関係をつくり、家族が再出発ができればと願っています。
   私と妻は死ぬまで長男のそばにいて、どんなに厳しい状況になっても長男が二度と間違いを起こ   さぬよう見守り、更生に全力を尽くします。

母親:「お父さんとお母さんの子供でよかった。産んでくれてありがとう。お母さんを悲しませるようなことは二度としません。ごめんなさい」という手紙をもらって親としてとてもうれしかった。

さっすがはこんな素晴らしい子供を産んで育てたご両親。
子を思う親の素晴らしすぎる言葉に、赤の他人の我々には理解が出来ないですナ。

さて、このコラムは2004年の3月、つまり東 真一郎が出てくるという話を聞いた時から執筆していたのだけど、その間にも女子高生41日間監禁リンチ殺人事件の神作譲の事件や、その他もろもろの事件が相次ぎ、毎時間毎分毎秒次から次へとまるで誰かが作っとるんかいというぐらいふざけた事件が相次いでいたためなかなか東 真一郎のことだけをかかわっているわけにいかず、ついに2004年の最期の大みそかに執筆するというふざけた事態になってしまいました。

というわけで楽しくしたい正月にいきなりわたしのメルマガ・コラムを読んでいただいて本当にすいません。

わたしも一人前にクリスマス、大みそか、正月(これは執筆段階ではまだ来てないけど)を人並みにすごすつもりです。
でも、被害を受けた遺族はそれどころではなく、何年も何年も楽しいことなど素直に笑って過ごせない。
それも張本人である東 真一郎をはじめとするクズがいたためだ。

遺族はどんな思いで今を過ごしているのだろう?
そう思うと心が張り裂けんばかりだ。

東 真一郎はなんの罪も無いネコの手足を切り裂くことを趣味とし、そして道を教えてくれた優しい女の子をハンマーで脳天を破壊して殺した。
そしておとなしい男の子を殺しその首を切り裂いてその首を斬りさいたときあろうことか射精までしやがったんだ!

そんな東 真一郎をサポートする裁判長に担当判事、そして更生施設の連中の「彼は更生して真人間になりました」というニコニコするコメントにはヘドが出るぜ。
(まあ家族の場合は真一郎がああいう野郎だから似たようなものだからある意味想像通りのコメントだったけどね)

まあ仮に千歩譲って本当に更生したとしよう。
だが俺に言わせれば「ふ~ん、だから」としか思えないぜ。

つまりこれはあれだ、更生を支援する連中が「俺たちが更生させたんだ。こんな最低なクズを真人間にしたんだ。だから俺たちは偉いんだ、どうだすごいだろう」ということだよね?
だからやさしく微笑んでいるわけだ。
自分自身の自信作を世に放つわけだから。

ということはつまり奴は反省しているし、まして再犯することなど絶対にないと判断してもいいわけですよね、偉い更生サポート様。

まさかそのときだけ「わしは知らん、俺は知らん、わたしは知らない」で逃げないでよね。
自分たちの自身作なんだから、最期まで面倒みてよね。

で、最近こいつが遺族に賠償したいとかほざいていて、更生させた側としては「ほうら、彼は更生しただろ」といかにも勝ち誇った顔が見えるけど、とりあえずそりゃよかったねとだけは言っておこう。
だけどね、だけど俺たちはそんなことでは許さないからな。

被害者の女の子のお母さんが「彼を許したわけではありません。しかし彼が更生できることを信じます」。
非常に重い言葉だ。

この言葉を相変わらず人権屋は都合のいいように解釈してるけど、これは遺族がそう思わなくてはやっていけないから仕方がなく出た言葉だとなぜ気づかない?
本当は自分の手で愛する者を理由もなく奪ったクズを自分の愛する者がされた何倍も何十倍も苦しい思いをさせて殺してやりたいと思っているのさ。
だがそれが出来ない。
なぜなら国が一丸となってそのクズを守からさ。
愛する者を奪われ、愛する者のカタキもとれない。
そうなれば妥協するしかないわけだ。

その悲しみの声が聞こえるか?

東 真一郎は某特殊な能力をもった主人公が悪へ復讐するマンガを好んでいたという。
で、こいつがやったのはなんの罪も無いネコや子供を殺すことだった。
そんなに復讐したいのなら自分をいじめた奴や恨みのある奴にしろよ。
ようはそいつらは恐いから自分より弱い奴に眼がいったんだろう。
自分をいじめる奴は恐くてそいつの眼を見るとガクガクブルブルで立ってもいられないけど、自分より弱いネコや子供だったら強気で出れたんだろう。

まったく、どこまでも腐った野郎だよ。
で、今は人権屋の弁護士や更生をサポートする連中のおかげで護ってもらえていると。
どこまでも弱い野郎だなおまえは。

さて、ご存知の通り女子高生41日間監禁リンチ殺人事件の神作譲(埼玉県八潮市中央4-21-12)や、奈良小1女児殺害事件の小林薫(奈良県生駒郡三郷町勢野東1丁目5番12号 リバーサイド大和2階)は更生という名の幻を信じた頭の良い人権屋のために正当な裁きを受けずにさらに被害者を増やす結果になった。

そう、更生なんて幻なんだよ。
そりゃつい出来心というのもあるだろうよ。
例えばあまりの空腹のため目の前のパンをぬすんだとか、車の運転中にあまりの疲労のためうっかり事故を起こしてしまったとか。

だが、東 真一郎や神作譲、小林薫は己の欲のために勝手に犯罪者になったんだ。
そんな野郎に更生などという幻が通じるか!

以前死刑を反対するという亀井静香が「勉強すれば死刑のなにがいけないのかがわかる」と言ったそうだ。
ふ~ん、勉強すればねえ。
ということは俺も勉強すれば死刑反対になるってことか?
そうなると逆に言えば勉強しなければそれがわからないということだよね?

じゃあ悪いがそんな勉強は遠慮させてもらおう。
なぜなら俺は自分の感情を大切にしたいし、なによりその「勉強」というのが眉唾物の妖しいものだからな。

だって勉強しなくちゃわからないものってことは、言うなればそれは自分の言葉ではなく造られた言葉を話すということだからさ。

被害を受けた被害者や、愛する者を奪われた遺族が考えるのは、そのクズを死刑にして欲しいという当然の感情じゃないか。

そしてその被害者や遺族に同情し、もし自分が同じ目にあったら自分もクズを死刑にしてくれって思うのは当然の感情だよ!

人権屋にとっては本の中の世界でも、被害者・遺族にとっては現実の世界なんだよ!

東 真一郎は今回の件を「さあゲームのはじまりです」とほざいた。
でわここでもっと面白いゲームをしよう。
それは東 真一郎を探すゲームだ。
こいつを探すゲーム。
考えただけでもぞくぞくしないか?

御上がまもろうが人権屋が騒ごうがそんなことはどうだっていい。
俺たちは俺たちの身を護りたいだけだ。
そのためにはクズ東 真一郎から自分たち、自分の愛する者を護らなくてはいけない。

さあもっと面白いゲームのはじまりだ。
みんなで東 真一郎を探しだし、こいつに本当の意味での更生を教えてやろう。
それこそどの更生施設でも教えてもらえないぐらい丁寧にさ。

そして真の真人間になったきみの姿を見て裁判長は思わず涙し、一緒にマラソンをしてくれるだろう。
だから東 真一郎、それまで楽しみに待っていてね(はぁと)。

「さあ東 真一郎を探し出す、真のゲームのはじまりです」


2004/12/31 スリープデッド

********************************************************
第13回「消せない真実」でいただいた書き込み
●・・・読者様
○・・・スリープデッド

●スリープデッド様「消せない真実」早速読まさせて頂きました。
私は、この事件をテレビのニュースで見たのですが、名前や顔写真等一切出て来ない事が
おかしいと思います。しかも名字も変えてたなんて・・・
この事件のワイドショーも見ましたが、とても「更生」したとは思えません。
被害者の方は「出てきたら殺される」と言っていました。
犯罪者に人権、人としての権利なんてないと思うんです。
スリープデッド様、執筆中の神戸連続児童殺傷事件も期待しています。

○そもそも「更生」という言葉は「更生可能」な場合にだけ適応されるもので、どう考えてもあれだけ残酷なことをしたクズに当てはめてはいけない言葉だったはずです。
それでも「更生」という言葉を使った人権屋。
おかしいのはこの人権屋の責任がまったく問われていないことでしょう。
だって「更生」すると太鼓判を押したんだから、公の場でコメントぐらいしなくちゃいけないでしょう。
ま、一応伊藤芳朗弁護士だけは「彼を受け入れなかった社会が悪い」という熱い(笑)コメントをしてやがりましたが。
当時このクズ連中の名前や情報を掲載した新潮はかなり叩かれたといってましたが、それを叩いた連中が神作譲の再犯でまったく触れようとしないのが怒りを通り越して情けなくて笑ってしまいます(笑)。
このようにこの国は誰も責任をとらないのだから、そりゃ「更生」させようと思いますよ。
重い罪にするより軽くさせるほうがやさしい人だと思われるし、弁護士にとって金のなる木の犯罪者を普通に生活させて問題を起こしてもらったほうが儲かるし。

さすがに昨今の凶悪犯罪の現状や、2004年以内にぎりぎり捕まった奈良小1女児殺害事件の小林薫の件によって「更生」という言葉に躍らされていた一般市民(人権屋とは違う意味での)も目覚めたでしょうから、2005年は「更生」という幻想よりも、凶悪犯がのさばっている現実を重視する世の中になって欲しいものです。

●とうとう、やってしまいましたね。
あの、コンクリート事件は今でも覚えています。事件発覚当時、
被害者と同学年の私はショックを受けてました。アイツは死ぬまで更正なんてしませんね。
今後も、スリープデッド様に期待してますし、応援しています。宜しくお願い致します。

○本当にその通りです。昔からバカは死ななければ治らないという言葉があり、まるで差別用語のように取りざたされているようですが、昨今の事例を見るとこの言葉の意味がすごくわかる気がします。
バカは死ななくてはわからないのだから、さっさと死なせてあげて自分のバカさを気づかせてあげるのがせめてものやさしさなのに。


おふたりともいつもご意見を送っていただいて、本当にありがとうございます!
わたしもできる限りのことを行ない、そしてゆくゆくは被害者だけがバカをみる世の中を少しずつでも変えていきたいと思っております。
それには小さな一歩ですが、ゆっくりでも進みたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いします(^^)。

第13回「消せない真実」

 もう知っている人は知っていると思うが、あの最悪の事件、「女子高生コンクリート詰め殺人」のナンバー2の小倉譲が、「おれの女を知っているだろう。どこへやった」と言って知人の男性に暴行を加え監禁したとして逮捕!
(事件を知らない人は検索してみよう。ただしあまりのひどさに知ったあと後悔することを覚悟して)

 不謹慎な言い方だが俺はこの時を待っていた。
 なぜなら成人となったいま、こいつらに遠慮することがないのだからどうどうと実名・住所といった個人情報が掲載されるからだ。

 で、もったいぶらずに小倉譲についての情報を書くね。

 埼玉県八潮市
 コンピューター会社アルバイト
 神作譲(33歳)

 こいつ別の姓(クソ人権屋のババアに養子縁組みをして名字を変えたようだ)を名乗って、小倉から神作に改名してやがったようだ。

 しっかし、実にめでたい。
 これでこいつを追いつめる材料が手に入ったのだから。
 この後細かい情報を集めるから、みんなも期待して待っててね!

 本当はあの神戸連続児童殺傷事件の東真一郎のコラムを執筆中だったんだけど、どうしても仕事が忙しいためになかなか完成していないときに入ってきた今回のニュース。

 とりあえず埼玉県八潮市の人にとってこんな最悪なクズがいることをお伝えするためにも早急な執筆が必要と思い、本来第13回目になる予定だった東真一郎のは後回しにして、小倉あらため神作譲のことをみなさんにお伝えしました。

 近所のみなさん、神作譲を追いつめてやりましょう。

 今回の件でいかに更生というあいまないものが意味がないのかが実感できただろう。
 どんなに偉そうな知識を語ったところで、こういうクズはクズのままで治らないんだって。

 というより、更生すると思い込めるその頭の中が俺にはさっぱり理解できないがね。

 こいつの母親はスナックを経営していて、そこを事件を起こすときのたまり場にしていたようだ。
 母親がいるのか。
 それはなにか出来そうで楽しみだな(笑)。

 というと、「親・兄弟、子供や奥さんには罪がない」という意見が出てくる。
 なるほど。確かにそうだろう。
 本当に悪いのは本人で、その家族には罪がないと。

 でわ聞くが、被害者に罪はあったのか?
 「女子高生コンクリート詰め殺人」の被害者はたまたま奴らの目の前を自転車で走り去った。
 そのために被害にあった。
 そう、奴らにとっては誰でもよかったんだ。
 たまたま被害者が見に入ったというだけで。

 以前某タレントがこういうことを言っていた。
 俺は絶対に他人に恨まれるようなことはしない。
 なぜなら自分の家族に被害が及ぶかもしれない。
 俺が被害にあうのはいい。
 だけど家族だけは不幸にしたくない。

 俺にも愛するもの、自分の夢、壊したくない生活がある。
 だからこのタレントがいった言葉は本当によくわかる。
 
 小倉あらため神作譲はそれを勝手に放棄したんだ。
 そんな奴の家族がどうなろうが知ったこっちゃないって。

 エセ人権屋は色々知識にものを言わせたことを言ってくれる。
 やれ基本的人権はまもるものだ。
 加害者にも人権がある。
 誰でも犯罪を犯してしまうものだから、加害者を特別扱いするのはおかしい。

 だがなんの罪も無い女子高生を主犯の4人は強姦・暴行を40日にもわたって繰り返し、100人以上の男に彼女を襲わせていた。
 そして彼女の顔が見るに堪えないほど変形、全身血まみれになり、気持ち悪くなったといってさらに暴行はエスカレートし、彼女自身が「殺して!」と叫んだほどの暴行を繰り返した。
 そして彼女に鉄アレイを落として殺し、遺体をドラム缶に入れ、コンクリートを流して埋めた。
 彼女は恐ろしいことに、あまりの恐怖と苦痛に脳が溶けていたそうだ。
 そんなことが出来たクズがのうのうと普通に生きてやがるこの現実は、どんな知識を持ち出しても曲げられないことにいい加減気付けよな!

 結局以前の事件のときに小倉あらため神作譲をさっさと始末しておけば今回の事件もなかったし、その後の類似の事件に対する対応も全然違ったはずだ。
 少年法だの理想論だのを語る前に、現実を見つめて判断しろよ。
 今回の小倉あらため神作譲の事件はまったく反省せずに生活し、更生というのがいかに無意味であるかを証明してるじゃないか!

 もちろんこの件に関する「未成年で犯罪を犯したものはその後も犯罪を繰り返す」という知識はその固い頭の中にたたき込むんだろうな?
 知識大好きな人権屋さん!

 今回は突然のことなのであまり考える時間もないためまとまっていない内容のコラムですが、とりあえず速報というカタチにはなれたのではないかと思います。
 小倉あらため神作譲の住む埼玉県八潮市のご近所のかたは当然注意をしてください。

 そしてまだ存在している事件に関与しながらのうのうと生きている100人のクズ達へ。
 お前達がやったことは一生どう償おうが償いきれるものではない。
 今は無事に生きていると安心しきっているようだが、どうせいつかは今回の小倉あらため神作譲のように白日の下に晒されることだろう。

 今回の小倉あらため神作譲の件でさらに100人が探しやすくなっただろう。
 主犯格の残りの数人なんかすぐにでも情報が出るだろうし、そう考えれば100人なんかあっという間だろう。

 それまで幸せな毎日をせいぜい送っていればいい。
 幸せであれば幸せであるほど、その後の不幸がよりいっそう大きいからな(笑)。

 時が俺たちを忘れてくれる?
 あれは若気の至り?
 そう思っていればいいさ。
 お前達が80歳ぐらいになり、かわいい孫を抱いているときに存在を知られた瞬間。
 その愛する孫がどうなるか、それを覚悟してせいぜい幸せな時を重ねていればいいさ(笑)。

 こいつらがやったことは何年、何十年、何百年時間が経とうが決して消えない。
 それだけのことをやったのだから、せいぜいビクビクして生きていてもらおうぜ。

 改名しようが、(絶対しないが)更生しようが関係ない。
 真実を曲げることは絶対に出来ない。
 もしそれが出来ると思っているのならそれは人権屋の幻想だけだ。
 幻想で真実は語れない。
 小倉あらため神作譲のしたことはどんな理屈を持ってしても消すことは出来ない。

 被害者にとって真に納得が出来るのは加害者が自分と同じ苦しみを味わうことだけだ。
 小倉あらため神作譲、現在服役中の宮野 裕史、出所している湊 伸治・渡邊 泰史・中村 高次・伊原 真一をはじめとする100人のクズ共。
 お前達にはいつかは必ず被害者と同じ苦しみを味わってもらうぜ。
 それが幻想ではない真実だ。
 その日までせいぜい人生を楽しめばいい。
 お前達に怒りを持っている幻想を信じない数多くのものたちの怒りの声を聞くその日まで。

 しっかし小倉あらため神作譲は俺たちが待っていることをやってくれて本当に安心した。
 被害に遭われた男性には気の毒だが、こんなクズをさらに叩きのめすことが出来たと思って我慢してください(自分で言っててひどいとは思うのだが、本音だから許してください<(_ _)>)。

 小倉あらため神作譲、お前はやっぱすげえ奴だぜ。
 さすがは小倉から神作に変わっただけのことはある。
 自分自身を神として作り出し、誰も言っていないのに自分の情報を流し、その後の事件関与者を探しやすくしてくれたのだから。
 改名も無駄じゃなかったね!(笑)

 でも本当の神ってのは死んでくれることだよ。
 小倉の姓にバイバイしたんだから、今度はこの世とバイバイしてくれるとうれしいなあ。
 そうすれば本当の神って認めてあげるから、神を作る神作譲、がんばれ~!

2004/07/07 スリープデッド

「エセ人権屋を遮断せよ!」改め「危険!奴がまだいます」第12回「タイトルなんかどうでもいいじゃん♪」

あけましておめでとうございます。
と、いきなり笑えないボケではじめてみましたが、一応このコラムが今年最初なので勘弁してください。
ところで突然タイトルが変わったので驚かれた人がいると思うけど、そのタイトルについてちょっと話してみます。

もともとこのコラムが某有名メルマガに掲載されていたのだけど、そのメルマガの路線変更により納得のできないカタチで連載が中止されたので、それならばと自分ではじめたのがきっかけでした。
で、そのとき真っ先に悩んだのはタイトルだったわけです。
というのも、もともとのタイトルは「危険!奴がいます」だったんだけど、このタイトルは有名なメルマガに掲載されているときはよかったけど、自分ではじめるマイナーなメルマガで見てくれる人がいなくなるタイトルなんだよね。
だって、意味わからないでしょ(笑)。
一応説明すると、「危険!奴がいます」の奴というのはわたくしスリープデッド自身のことを指していまして、危険なスリープデッドに気をつけろみたいな意味なんです。

でも、普通このタイトルじゃ読もうと思わないよね(笑)。
なので、メルマガの趣旨とあってるタイトルということで「エセ人権屋を遮断せよ!」としたわけです。
なんとなく70年代の刑事ドラマのサブタイトルみたいでしょ(^^)。
ちなみになぜ「エセ人権屋を遮断せよ!」にしたのかというと、この国は人権・人権と唱えているくせに加害者の人権ばっかり大切にしやがる真の意味ではないエセ人権屋がはばをきかせており、そのエセ人権屋の話ばっかり聞いているから、そいつらの話なんか遮断して聞くのをやめやがれという意味を込めたわけです。

で、なぜそのタイトルをやめて今回「危険!奴がまだいます」に変えたのかというと、これが正式な「危険!奴がいます」の連載を中止されて、新たにメルマガではじめようとしていた本当のタイトルだからです。
つまり、本来のタイトルに戻ったというわけです。

戻したのには理由がありまして、その話をする前にスリープデッド少年の話をちょっとさせてもらいますね。

今から20年くらい前に(う~む、年がばれる(笑))、知る人ぞ知る「遊撃手」という雑誌がありました。
このタイトルを見てみなさんはどんな雑誌だと思いますか?

野球雑誌!
と答えたかたは残念ながら不正解。
なんと、パソコンゲーム雑誌だったんですね。
しかも、かなり読ませる今では考えられないぐらい大人の雑誌で、当時少年だったスリープデッドにとって、そのレベルの高さに驚いたものです。

で、その雑誌の創刊号でタイトルが「遊撃手」であることに、編集長はこう答えておられました。
「ゲーム雑誌って、見るからにそう思わせるタイトルでつまらない。だからゲームとは関係ないタイトルにしてみました」と。
(ちなみに「遊撃手」とは国語辞典によれば「2塁と3塁を守る選手」とあります)

この言葉に感動したスリープデッド少年は、これ以後タイトルをあえて内容と関係ないものばかり考えることになったのです。
(残念ながらこの「遊撃手」は短命で、一年も続かずわずか11冊程度で生涯を終えたんだけど、いまでもこれを越えるゲーム誌はないと断言できるね)

そして時代はネット時代となり、まだいまほどインターネットが普及する前からはじめた僕はホームページを作るにあたり、まったく内容と関係ないタイトルを付けたわけです。
(ちなみに特撮やゲーム、アニメ・マンガといった趣味のページでした)

まだネットが普及していない(いや、普及していないからなおさらかな?)にもかかわらず、それなりに反響のあるページになって喜んだ僕だったけど、あるときリンクをお願いされたページがあったので何気なく見たら、そこは自分の何倍、いや何十倍、いや何百倍もアクセスされているページだったのです。
ま、それなりの内容だったならまだ納得できるのだけど、これが言っちゃ悪いけど単にトップページと2~3ページ文章が書いてある(それも別に誰でも思いつく)程度で、とてもそんなにアクセスされるほどすごいページじゃなかったのね。

まあ確かに現在のスリープデッドのページも更新はまったくせずあまり偉そうに言えないページだけど、当時制作していたページはそれなりの内容で、毎日といっていいほど更新していたので現在とは違う角度で見て欲しいんだけど、ようはアクセスという部分で僕は負けていたわけです。
でわ、なぜトップページと2~3ページ文章が書いてあるページに負けたのか?
それはそのページが「○○○○○○のページ」(○の中は、某超有名キャラの名前)という、なんのひねりもなにもないタイトルで、検索すれば真っ先に出るほどわかりやすかったからなんですね。
(まあもちろんそれだけではなく、宣伝もしまくっていたからだろうけど)

で、このページに限らず僕の決して多くはないけれど、少ないわけではない人生経験から言わせてもらうと、結局タイトルというのはわかりやすいほうが見る側としてはありがたいんだなあということ。
ほら、みなさんも思い出して欲しいけど、よく見るHPってタイトルがわかりやすいところばかりでしょ?
少なくとも「危険!奴がここにいます」なんていうなんのことかわからないHPじゃないでしょ(笑)。

例えば僕は一応他のページも作っているんだけど、タイトルだけじゃまったく意味わからない。
で、扱っているのもかわいい女の子の映像と一緒にハードなコラムが書いてあったり、マンガやストーリーが掲載されていたりと、なんのことかわからない。
それがねらいなんだけどね(笑)。

今回タイトルを本来の「危険!奴がまだいます」に変えたのは、やっぱり僕は自分のしたいことをするべきで、媚を売るガラじゃないなあと感じたからです。
この意味不明な「危険!奴がまだいます」で読んでくれる・読み続けてくれる人がいるのならそれでいいんじゃないかって。

検索をしてHPを探す人は探しているものが素直にタイトルになっているほうがわかりやすいからそれを一番に見るだろう。
ゲームに関することなら「スリープデッドのページ」というタイトルよりも、素直に「ゲームのページ」というのを見るよね。
例え「ゲームのページ」よりも、「スリープデッドのページ」のほうがゲームに関することが沢山かいてあったとしてもだ。

ここで突然ちょっと違う話をするけど、よくある話で出会い系で「ジャニーズ系」と書いてあったのに、会ったらただのおっさんだったというのがあるけど、これってなぜわかっているのにみんな自分は「ジャニーズ系」だのイケメンだの有名俳優に似ているだの書くと思う?

そうじゃないと誰も見てくれないからさ。
正直に僕は容姿に自身がないですって書いても誰も見てくれないからさ。
だから誰もがウソだとわかっているのに書いちゃうんだよ。
僕は「ジャニーズ系」だって。

タイトルだって同じだよ。
みんなが見てくれるわかりやすいタイトルを付けたほうがみんなが見てくれるから付けるんだよ。
例えトップページしかなくてもそうすれば見てくれる人がいるってみんなわかっているからさ。

まあ確かにタイトルはわかりやすいほうがいい。
僕だってゲーム雑誌を買うのに「盆栽マニア」というゲーム雑誌があっても気づかないだろう(笑)。
でもね、なんかそれってすっごくつまらないなあと思う。

というわけで、僕は原点に戻って「見てくれる人がいればそれでいい」的に自分らしく活動をしようと思う。
どうせわかりやすいタイトルや内容にしても見ない人はとことん見ないのだし、開き直りは大切だよね(笑)。

でわ今後とも「危険な奴」ですが、どうぞよろしくお願いしますね(^^)。

2004/03/10 スリープデッド

********************************************************
第11回「謝罪なきクズ芝居」でいただいたご意見
●・・・読者様
○・・・スリープデッド

●遮断される勇気ある貴方へ

前略
初めまして。貴兄の「エセ人権屋を遮断せよ!」の読者の
一人です。
第 11 回「謝罪なきクズ芝居」から拝見させていただくように
なった者ですが、まったく同感の意を強く抱いております。
貴兄の正論が理解できない人種のいかに多いことか。これ
ではこの先、日本は貴兄をはじめ、道理のわかった人々に
とっての憂国へと堕落すること間違い無しであります。
かげながら応援申し上げ、今後の配信を期待いたしており
ます。まずはご挨拶に代えて。
                                草々

○こちらこそはじめまして!

 本当にこの国はきれい事しか語らないエセ人権屋ばっかりになりましたね。
 きれい事ですむのなら法律も警察もなにもいらない矛盾に気づかないんですから、ほんと嫌になりますよ(笑)。
 ただ救われるのはこのメルマガを続けていることによっていただく、読者さんのご意見をみるたびに「まだまだ世の中捨てたもんじゃない」ということを実感できることです。
 エセ人権屋によって被害者や弱いものが苦しむ世の中をすぐに改善されるとは思っていませんが、「なにもしないよりなにかするほうがいい」の精神で活動を続けたいと思います。
 こんな奴ですが、これからもよろしくお願いします。
 今回はご意見のメール、本当にありがとうございました(^^)。

第11回「謝罪なきクズ芝居」

7月のはじまりに、「加害2少年 月命日ごとに賠償」という新聞記事を見た。
これは、交通事故によって身体が不自由になった子供を、「障害者のくせに生意気だ!」といって殴る蹴るを繰り返し、揚げ句の果てにコンクリートの固い地面にバックドロップをして殺害したクズガキの事件のことだった。

賠償内容は、亡くなられた子供の命日に加害者のクズガキ2人が賠償金を毎回支払うという内容だった。

訴えたお母さんは一体どんな気持ちだったのだろう?
自分の子供を殺したクズガキを目の前にして、どんな気持ちだったのだろう・・・。

実はこの裁判、かなり前進した裁判だったらしい。
なぜなら加害者が未成年のクズガキの場合、被害者がどんなに訴えてもことの真相はうやむやで、まして誰が加害者かさえ知らされないというのだ。

信じられないことだが、これがこのお国の考え方なのである。

加害者が遺族であるお母さんに謝罪したが、恐ろしいことにこれも「被害者であるお母さんが裁判でお願いして」はじめて実現したのだ。

なんで被害者がお願いしないと謝罪もされないんだ?

しかもこのクズガキ、裁判で弁護士は「反省してる・こころやさしい子」とほざいたそうだ。
裁判しないと謝罪もしないクズガキがやさしくて反省ねえ。
そりゃさぞかし素晴らしくいい子なんだろう(笑)。

お母さんはなぜこのクズガキに賠償金を請求したのか?
お金が欲しいから?
バカいっちゃいけない。

賠償金を命日に払わせることで死んでしまった自分の子供のことを加害者のクズガキに思い出して欲しいからなんだよ。

俺はこの話を聞いて涙した。
なぜこんな思いを遺族がしなくてはいけないんだと。

実はこの賠償金について、「お金で解決するなんて」と非難の声をしている愚か者がいるらしい。

あのさ、なぜ被害者はみんな賠償金を請求するのかわからないのか?

それはさ、それしか方法がないからだよ。

以前、集団で言いがかりをつけられてリンチされたあげくに殺されたお子さんの遺族の両親が、加害者が未成年なのでなんの罰則も与えられないと警察・裁判所に言われ、仕方なきく唯一の方法である賠償金請求を行った。

そのときの遺族のお父さんの言葉が俺の耳から放れない。

裁判したよ。賠償金請求したよ。
勝ったよ。
勝ったさ。
でもそれだけなんだ。
それでなにも解決していないんだ!

しかもこのクズガキどもの親は、なんとその月の支払ができないから待ってくれと、そろいもそろって数人で大の大人が遺族の両親に伝えに来たのだ。

そのとき遺族のお母さんは、「お金なんかいくらでも待つ。でも、どうして、どうしてそれならば加害者である自分の子供を連れてきて、被害者であるわたし達の子供の仏壇に手を合わせてくれないの。どうして謝罪の言葉が出ないの!」と。

しょせんクズガキの親もクズだと俺はそのとき実感したね。
自分の子供が行った罪の重さよりも、自分たちの懐具合を心配するんだからさ。

その後も、沖縄での集団暴行事件・長崎での幼児誘拐殺害事件と、クズガキによる最悪の事件が続いた。
いずれもどう考えても加害者であるクズガキが生きていても仕方がない事件だが、あいもかわらず未成年という理由で少年法にまもられいまだに加害者の名前もなにもわからない(一応犯人情報は取得してるが、まだはっきりしないので発表はもう少し待ってね)。

そんななか、長崎での幼児誘拐殺害事件の犯人である12歳のクズガキと言われた名前・写真が携帯やネットで出回っている。
そればかりか沖縄・長崎の両方の学校には抗議の電話が殺到し、沖縄の高校にいたっては制服まで着用しなくなったという(着用していると「人殺しの高校だ!」と言われるかららしい)。

もっとも、犯人と言われている写真は複数出回っており、どれが本物かわからないらしく、人権侵害だと騒がれているし(俺もそう思う。関係ない子供の写真はそういうふうにしてはいけないだろう)、学校に抗議の電話をかけたり、同じ学校に通っているというだけで罵声を浴びせるのはなんか違うだろうと言いたいことは言いたい。

しかしこうも考えられる。
さすがにもう国民は、だまされ続けるのをやめたということを。
いつもこの手の事件が起こるたびに、やれ少年法の改正はどうするか、子供たちの心の闇をどうするかという、お偉いさんの議論ばっかりでなにも進展しないクソ芝居に、もうみんな飽きたってことなんだよ。

なにをしても未成年というだけでまもられるこのクズな国のお偉いさんの考えに、もうみんな飽き飽きしてるのさ。
つまらない議論をしているふりをして、単に税金を無駄使いしてるだけのクズエリートたちに、もうみんな騙されなくなったのさ。

だからその怒りの矛先を、ぶつけているんだ。
クズガキの情報を流しているんだ。

なにもできないクズエリートの代わりにさ。

世の中はどんどん変化して行く。
だから考え方も変えなくちゃいけない。

しかし何回も言われているのにこの国は変えやしない。

1998年の酒鬼薔薇聖斗(東 慎一郎)のときに、少年法の刑事罰を14歳に引き下げたが、今回の長崎の事件では12歳の加害者のためになんの罰則もできずに終わるとかほざいてやがる。

おいおい、14歳に引き下げたらなんとかなるんじゃなかったのか?
俺はそのようにお偉いさんから聞いた気がするがねえ。

それが結局なんの意味も持たず、今回も同じような事件が起こった。

どうするんだい?
またいつものように考えているふりをするおなじみのお芝居でもするのかい?
エリートさんよ~。

加害者に謝罪をしてもらうために、わざわざ遺族は裁判という場所を使ってお願いをしなくてはいけない世の中なんて狂ってる。

どうせ今回も、なんの進展もなく事件はうやむやにするつもりなんだろうよ。
だがな、残念ながらもうみんな騙されない。

いつまでも隠し通せると思うなよ。
隠し事はいつかバレる。
動物を虐殺する・弱いものいじめをする・なんの罪も無い人を殺す。

そんなことをしても平気なクズガキなんかに、楽な道なんか歩かせてたまるか!

別に俺達は難しいことを望んでいるんじゃない。
悪いことをした者が悪いことを反省し、被害者に謝るという当然のことを望んでいるだけだ。

そんな当然のことができない社会なんか異常としか思えない。
当然の権利が無視され、異常な権利ばかりが横行する。

異常な権利を当たり前だと思っている異常な人権屋たち。

しかもその人権屋は、決して謝ることはない。
なぜなら「自分たちは人権を考えるやさしい存在」だと思ってやがるからな。

そりゃクズガキも謝るわけはないよ。
そいつらをまもる人権屋が、そもそも謝らないんだからさ。

謝るよりも、まず誤っていることに気づかないのだから、さすがは異常な知識だけ大切にする人権屋だよ(笑)。

やれやれ。
謝ってもらう前に、誤ってることに気づかせなくてはいけないとは、情けなくてこっちが謝りたくなるよなあ(さらに笑)。

俺達はお偉いさんのクズエリートの意見なんか知ったこっちゃない。
被害者が裁判をしなくては謝罪もされない狂った世の中なんか冗談じゃねえ。

加害者に普通に謝罪させ、一生苦しませる世の中を望んでやる。
こればっかりは理想論ばっかりの机上の空論しか出せない連中がなにを言っても無駄さ。

俺達はただ普通におかしいことはおかしいとこれからもいい続ける。
それだけのことさ。

クズガキ、これだけは覚えておけ。
おまえをまもってくれるのは、頭が固い法律野郎だけさ。

法律を知らない俺達は、全員おまえ達の敵だってことを。
さあ、これからどんどんクズガキの情報が溢れてくるだろう。

そしてこのクズガキたちがどうなるか。
それは本当に楽しみな世の中だね。

そのときは裁判なんかしなくても被害者に謝罪させてやる。
かなり強引な手を使ってでもな。

謝罪もしないクズガキに対して謝罪する人なんか存在しないということを身をもって教えてやるから覚悟しろよ!

2003/11/24 スリープデッド

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第10回「線路に散ったゴミクズ」でいただいたご意見
●・・・読者様
○・・・スリープデッド

●最新の第10回「線路に散ったゴミクズ」を早速読ませて頂きました。さすが~っ!おっしゃるとおりです。今回の事もですが何故人は加害者と被害者を間違うのでしょうか?根本の道徳、道筋を判っていないのかも・・・また、必ず誰かのせいにしたがります。何かあれば誰かを捕まえて責任をでっちあげてお金にしたり、国のせいにしたり・・、甘えが強すぎる大人が多いからまともな判断がにぶるのでしょうね。もっと本当の意味で厳しく自分自身を磨くときちんとした善・悪が見えてくると思います。今回の件でも本屋さんをやたら責めた人は何処か甘えや人のせいにしたがる筋の間違えて育った優柔不断の大人です。そこに付け込む子供もいるから(跡からも万引きした子供)
恐ろしいと思いました。その恐ろしい子供を作るのが先ほど述べた大人なのです。

●第10回「線路に散ったゴミクズ」読ませて頂きました。同感です!何故こんなに少年や加害者に甘いのでしょう?ニュースで見たのですが、あの神戸の連続児童殺傷事件の犯人が秋頃出所するらしいとやっていました。作家になりたいと言っているそうです。
正直ゾッとしました。殺人者が作家になりたいなんて夢を語っている事自体被害者遺族には許せない事だと思います。
お忙しいとは思いますが、期待してます!
これからも頑張ってください!

●私もここ数ヶ月リアルの生活が忙しく、
ネット活動を”休業”していました
久々に、メールを開けてみましたら、スリープデッドさんからのメルマガが!
今回のメルマガ、とてもいい視点で書かれていますね
ホント、この国は”こども(少年)に超甘い”国ですね!
子どもなら何をしても許される
まぁ、昔から(私が子どもの頃から)そうでしたが(~_~;)
最近は”少子化”が進んできているせいか、余計ひどくなってきているのでしょうか
でも、その結果日本の将来はどうなるのか・・・・・
考えただけでも恐ろしくなってきます!
”マジメな人間が損をし、万引き少年が同情される”
こんなおかしな風潮は、日本中のあちこちにありますよね!
でも、おかしなことをおかしいと言えない
言ったら、こちらの人間性が疑われる
そんな横並びのおかしな風潮が日本にはあります
それがますます、”悪人たち”を付け上がらせるのです
スリープデッドさん、どんどんこんな悪人達を糾弾してください!
これからも期待しています!!

○お3人様、ご意見ありがとうございます!
この国の人権屋や人権を尊重していると豪語する連中が加害者と被害者を間違うのは、そうすることがかしこくて頭が良く、やさしい現代人の努めだと勘違いしているからでしょう。
いうなれば被害者をかわいそうというのは当然だけど、わたしは加害者こそかわいそうだと思うんですよ。ほら、わたしってみなさんと違う考えの持ち主なんですよ、すごいでしょ。
ということなんでしょうね(笑)。

神戸の連続児童殺傷事件の犯人「東 真一郎」が作家になるという夢を語っている件ですが、わたしもぞっとしましたし、それを聞き入れてしまい美談にしようとしているこの国にはさらにぞっとしましたね。
あれだけのことをして夢を語っているだけで以上なのに、「もう治療の必要はない」というんですから、この国のお偉い人権屋こそが治療が必要といえる異常さですね(笑)。

”マジメな人間が損をし、万引き少年が同情される”
本当にその通りですね。
で、おかしいのは普段は「万引きはダメ」なんていう大人もこういう事件になると「少年がかわいそう」となるんですよ。
どんな悪人でも被害を受ければ同情する。
これこそが悪人をはびこらせているということにクズ人権屋は気づかないんでしょうね(-_-;)。

今回ご意見を送って頂けましたお3人様、本当にありがとうございます!
ご意見を頂けますと、本当に安心します。
このままの自分でいいのかと、いつも不安ですので(^^)。

ご意見はお気楽に、どんなものでもいいので送って頂けますと、とても助かりますので、よろしくお願いします(^^)。

第10回「線路に散ったゴミクズ」

2003年1月
それは一瞬のことだった。
一人の少年が電車の走る線路に飛び込み、電車に激突!
一瞬でその命を落としたのだった。

・・・なぜ、なぜこんな悲劇が起こったのか。

これはそのときの出来事を、わたしのつたない文章で綴る、悲しみの物語である。

少年は漫画が大好きだった。
本屋に行っては漫画の本を手に取り、欲しそうな表情を浮かべていた。
普通ならそこでこの漫画本を手に取りレジに行き、お金を払うところだが、少年は違っていた。
そんなことならみんなと一緒だ。
他人と同じことはしたくない。
僕はみんなとは違うんだ。

そう、少年がみんなと違っていたのは、その本をお金を払わずにちょうだいするということだ。
世間でいう万引き。
少年は万引きをすることでこの本を手に入れている、万引きの常習犯だった。

万引き。
若い少年には誰もが経験する通過点。
普通にものを買うのなら誰にでも出来る。

しかしお金を払わず自分のものに出来る万引きは、選ばれしものだけだ。
まさに若者の特権といえるだろう。

若者の象徴、万引きをする少年。
少年はいつもこう思っていた。

誰も僕を万引きでとがめることは出来ない。

僕は、僕は「少年法にまもられた未成年、少年様だからだ」。

そんな少年があるとき、ミスをしてしまった。

「きみ、ちょっといいかな?」

なんと、万引きしたところを本屋の主にみつかり、声をかけられてしまったのだ。

ばかな。僕は少年様なんだ。
この僕に、この男はなにを考えているんだ!

そう思ったに違いない。
当然のことさ。
少年は少年様なのだ。

それなのにこの店の主は名前を聞いてきやがる。

絶対に答えないさ。
どうせこのまま黙っていればなにもなかったかのように終わる。

少年に冷たく当たるなんて、大人がすることじゃないからさ。

ところが主は、なにも答えないのなら警察に連絡するという。

ふっ、冗談じゃない。
この程度で警察を呼ぶなんてバカバカしい。
万引きで警察を呼ぶなんてきいたこともない。

まして僕は少年だ。
少年にはみんなが暖かく見守ってくれるのが当然。
はったりさ。
警察なんてはったりさ。

ところが、警察官は2名やってきた。
そして警察署に向かうといって腕をつかまれた!

なんということだ。
こんなことがあっていいのか?

少年が手にしたのはただの漫画本である。

ぼくは、ぼくは間違っていない!

そう思い一目散に逃げ出した!
追いかけてくる警官!

どうしよう?
どうしたらいいんだ?

僕は少年だ。
少年様だ。
未成年だ。
汚れを知らない子供なんだ。

それを、それを、たかだか万引きで。

なぜだ、なぜだ!

警察になんかいったら、僕は自由ではなくなる。
いやだ、そんなのいやだ!

そんなとき、ふと目に留まったもの。
それは電車の遮断機だった。

少年にはそのとき、テレビのドラマで見た光景を思い出す。

逃げる犯人。
追いかけてくる警察官。
だが犯人は踏みきりの遮断機を越え、走ってくる電車に間一髪かすって警察の追ってを振り切る。

そうだ、これだ。
これなんだ!

そう叫び少年は踏みきりを越えた!
走ってくる電車。

なぜ少年はこんな危険なことをするのか?
それは万引きごときで捕まりたくない!

そう、少年は自由、自由をもとめた。
遮断機の向こうに、自由を見たのだ!

ところが、向かってくる電車の距離が普通より近いことを少年は気づかなかった。

電車が自分にぶつかる!

それは一瞬のできごとだった。
誰もなにもできない、少年にもなにもできない。
一瞬のできごとだった。

少年は、少年は・・・。
帰らぬ人となった・・・。

グスッ。
ごめん、思わず泣いちゃった。
わたしスリープデッドは、弱者のことになると涙腺が緩んでしまうので、思わず泣いてしまった。
ごめんね、これを読んでくれているみんなごめんね。

だってそうだろ?
万引きをした少年が電車に轢かれて死ぬなんて、

電車がかわいそうじゃないか?
汚いものを轢いてさ。

え?
少年に対して泣いてたんじゃないかって?

そうだね。
少年はかわいそう・・・
だなんて、言うわけないじゃん!

平気で万引きしたクズガキなんか、死んじゃってOK。
OKOK、エニシングOK!

俺は最初この「万引きしたクズガキが逃走中に電車に轢かれて死亡」というニュースを見て、笑いが止まらなかったよ。
だって万引きみたいな最低なことをしたクズガキが死亡だよ。
これで笑えないやつはいないよ。
最近笑えるニュースがなかったけど、まさに最高な気分だったぜ。

ところがその数日後、この本屋さんに非難の声が集中したため閉店を余儀なくされたと聞き、驚きを隠せなかった。

「子供が死んだのはおまえのせいだ」
「万引きぐらいこの年ごろの子供は誰でもやってる」
「警察を呼ぶなんてやりすぎ」
「店は責任をとれ!」
「この人殺し~!」

ということらしい。

あのさ、どう考えても万引きしたこのクズガキが犯罪行為を行ったからこうなったんだろう?
「他人のものをとることはいけないことだ」って、生まれたばかりの赤ん坊でも教えれば覚える。

そういうことだろうが。

店長さんが人殺し?
そういってわざわざ抗議に来たバカもいたそうだ。

「店はもっと気を使え」だとさ。

こういうガキに対して甘やかすからクズガキがのさばるんだよ。
わかんないのか!

電車に轢かれてかわいそう?
店長さんが警察を呼ばなかったらクズガキは死ななかった?

ば~か、万引きしなかったら死ななかったんだよ。
言っちまえば万引きして逃げるのに失敗して勝手に死んだ。

今回一番の被害者は、万引きはされるはクズガキが死んだために余計な手間はとらされた店長さんだ。

この店長さんはまじめに店を経営し、その店で万引きしたクズガキを警察につき渡した。
当然のことをしただけだ。

それを誤った行為だというその頭のクズっさにはあきれちまうぜ。

「店は子供のことを考えてくれないと」とほざいたおばはんがいた。
よし、わかった。
じゃああんたの家からものを万引きしてもなにも言わないんだな。
よ~し、理解したぞ!

万引きの被害で本屋さんはいま大変な思いをしていと聞き、俺は驚いている。
まじめに働くものが非難され、まじめに働かないクズガキがまもられる

聞いた話だが、今回被害に遭った書店の近くの店(商店街)では、今回のこの事件がよぎるため、また少年が死ぬのではないかと思い、思いやりで万引きを黙認することが増えたという。

・・・。
まじめに働いている人が損をして、クズガキが得をする。
お店の人たちのやさしさをなんとも思っていないクズガキども。

こんなクズガキ、さっさと死ねばいいのにさあ。
まったくこういう展開にしやがって、どこまでも今回死んだクズガキは迷惑かけまくりやがって。

立つ鳥は跡を濁さねえんだよ、クズガキ!

世の中理解不能なことばかりだが、唯一よかったのは(店側にはなんの落ち度もないのに)クズガキが死んだことに対する中傷で店を閉めようと思った店長さんに励ましのメールや手紙が多く寄せられ、それを見て店長さんは経営続行を決意したということだ。

やっぱり世の中捨てたもんじゃないなあと実感した。

このクズガキが死んだ現場では花を置いたり、手を合わせてゆく「大変心優しい」人々が後を絶たなかったそうだ。
まさにどんなクズでも死ねば仏ってか。
笑っちゃうぜ。

そんな側を走らされる電車。
まったくこんな万引きクズガキみたいな汚いものを轢かせられた電車には、同情しちゃうよ。
かわいそうな電車。
グスッ。
だめだ、涙が止まらない。

本当に電車さんには、かなしい物語だったね!

と、執筆しおわったら、なんと被害を受けた本屋さんが廃業するという話が舞い込んだ!
店長さんはずっと悩んでいたらしい。
事件の後も万引きをした学生がいたけど、今回の件が頭をよぎったため捕まえなかったと。
(信じられないことに、事件の後も万引きするクズガキがいたそうだ)

店長さんに非難の声を浴びせた数十人のクズはこの話を聞いてどう思うのだろう?
ざまあみろ、かわいそうな少年を死に追いやった責任を思い知れとでも思っているのだろうか?

まったくどこまでやさしいまじめな人が犠牲者になればいいんだ・・・。

死んだ後も色々迷惑かけまくりやがるこんなクズガキに花が贈られて、真面目に生きている店長さんが店をやめる。

どこまでこの国はガキに甘いのだろう・・・。

「今度は万引きのことなんて考えない仕事がしたい」
その店長さんの言葉が、俺の耳から離れない。

2003/06/18 スリープデッド

エセ人権屋を遮断せよ!第9回「傷のない勝利者」

モーニング娘。に新規参入するメンバーがついに決まった。
といっても数ヶ月も前の話だけど、遅筆につき勘弁してください(笑)。

結局最終オーディションに残った3人が3人とも合格という、あまり緊張感のない内容だったが、まあいまさら一人も3人も変わらないぐらいの大所帯になったモーニング娘。にとって、残った3人からいずれか一人を選ぶなんてことはどうでもいい話なのだろう。

と、突然このコラムにふさわしくない話からスタートしたが、実は今回のモーニング娘。のオーディションにおいて、実にくだらない動きがあったのだ。

それはこのオーディションがいままでとは違い、ネットなどを通じて一般の得票から選ぶという方法をとったことで、予想はしていたけどあまりにもくだらない動きがあった。

それは、
一番ふさわしくない子を一番にしようという運動だ。
発祥はもう言うのも疲れたが、例によって例による日本最大の人気ページ(当然皮肉)によるもので、ようわ一番かわいくない子を一番にして盛り上げようということなわけだ。

俺はこういう動きが起こるたびに思うのは、まず他人の容姿を問う前にまず自分の不細工なツラを見てから言えよなという思いでいっぱいなのだが、まあとりあえずその話は置いておく。
それよりもなぜ、人はこういう「一番かわいくない子を一位にしようという」動きが発生するのか。
今回はそんなおはなしである。

はるか昔(といっても十年以上前)、僕はシナリオライターを目指していた。
ウルトラやライダーという特撮ヒーローものや、必殺シリーズが大好きな僕はそういった作品を描けるシナリオライターになりたいなあとずっと夢みていた。
するとある日バイト先(簡単な営業のアルバイト)で、その話を聞きつけた一人のオヤジが俺にこう言ってきた。

おまえ、江戸川乱歩がなんでそんな名前にしたか知ってるか?

はぁ?
そうキョトンとする俺だったが、
「江戸川乱歩って、エドガーアランポーからとって名前を付けましたよね」
というと、間髪入れずにこう言った。

おまえ、女遊びするのか!

再びはぁ?
だった俺だが、まじめな俺は(ほんとだって)
いえ、しないです。

そう答えると、
「それじゃダメだ。女遊びしない奴がシナリオライターなんかになれるわけがない!」
と、まるで勝ち誇ったように言った。

その後、このオヤジは俺を見ると
「おまえに常識を教えてやる!」と、わけのわからない説教を毎回してきたのだが、基本的に頭のおかしい奴を排除する俺はそんなに気にしていなかった。

で、この常識を説教できるこのオヤジだが、とにかく酒が好きで酒によって暴れてケンカをして屋台を壊したり、その場で殴られて眠っているという、かなりの常識人だった(笑)。

また、一度だけこのオヤジの家に行ったことがあり、そのとき7・8歳くらいの娘とあったけど、そりゃもう恐ろしいぐらい父親であるこのオヤジとうまくいってないのがまるわかり(運んできたお茶をガチャンッ!と置いたり)なんだよな。
一番常識がないのは自分なのに、他人である俺に説教するぐらいだもん。
家でも娘に迷惑かけまくりなんだろうなあ。

で、このオヤジがなぜ俺にわざわざシナリオライターになるには江戸川乱歩の名前の由来がわからなければいけないとか、女遊びをしなくてはいけないのか(というトンチンカンなこと)を言ってきたのかだけど、それはきっとあれだね。
あれの正体を言う前に、実はこのオヤジだけではなく数人にも「なれるわけがない」と俺は言われたのだけど、共通しているのはこの「なれるわけがない」という連中がいずれも俺のシナリオを一度も読んだことのない者ばかりだということだ。
まあ確かになるのは難しいし、そう簡単ではないというのは認めるよ。
だけどさ、俺が執筆したものをなにひとつ読んでもいないのになぜそう決めつけるのだ?
だいたいなれるわけがないという根拠はどこにあるのだ?
そしてそれならば、実際になった連中はどうやってなったんだ?
みんな俺と同じような感じでなったのじゃないのか?

実はね、人間というのはこういう「普通とは違う特殊なモノ」を目指す者を叩いて喜びたいという願望が存在している(これがあれの正体)。
だからいいがかりをつけ、「なれるはずがない」といって中傷して喜びたいのさ、

なぜって?
自分が平凡なモノにしかなれないからさ。
だから夢をもってそれになろうと努力しているものをバカにしたいのさ。

俺はいつもこういう他人の夢をバカにするクズがいう「なれるはずがない」という言葉を聞くたびにあきれてしまうんだけどさ、それじゃあなれるものしか目指せない自分は平凡な奴ってことになるよね?
それっておもしろい人生なのかしら?

それじゃあ聞くけど、「なれないとわかっている」から目指すのはバカな行為なのだろうか?
違うよ。
みんな勘違いしてるけどさ、なれないからこそ努力をするんだよ。

夢を胸に秘め、いつかは自分もその夢を実らせてやると思うからこそ努力するのさ。

よくある話だけど、たとえばあまりうまくない絵をホームページにアップしている人がいるとする。
すると例の日本で一番人気のページをはじめとするネット界の連中は「これみてみろよ」とばかりに吊るして喜び、バカにし、中傷する。
いかにも痛い絵だとばかりに。

で、それじゃあ中傷できるおまえの絵を見せろというと、これが絶対に見せない。

最近学生に将来なにになりたいかときくと「なにもない」という答えが多いそうだ。
これってつまりさ、将来の夢を描くと恥ずかしいとみんなが感じているからじゃないのか?

タレントになりたい、作家になりたい。
パイロットになりたい、社長になりたい。

こういう子供なら誰もが夢見ることが、最近は「なれないのに夢見てばっかじゃない。現実を見ろ」みたいな風潮になっていないか?

恥をかきたくないのは誰もが一緒さ。
俺もそうさ。

しかしさ、恥をかかなければ夢なんて一生かなわないと思わないか?

恥をかくのが怖いからなにも描かない。
恥をかくのが怖いからなにも創らない。
恥をかくのが怖いからオーディションにも応募しない。

なるほど、それなら恥をかかないだろうさ。
でも同時に、夢も一生かなわない。

さっき痛い絵を描く人の話をしたけどさ、年月が経ってその痛い絵を描いた人と中傷していた人のどちらが素晴らしい人生を送っていると思う?
中傷した自称審査員?
いいや違うよ。
みんなにバカにされても頑張って絵を描き続けた人だよ。

今回のモーニング娘。のオーディションに応募した何千人もの女の子。
デキレース(実際ゴマキのときはそうだったし)といわれながらも夢を託した女の子達。

俺はこういった夢に向かって頑張る女の子達が大好きだ。
俺もずっと夢に向かっているというからでもあるけど、夢を持って頑張る姿はどんな人でも輝いているから大好きだ。

たとえ今回のオーディションに落ちたからといって落胆せず頑張って欲しい。

だって恥をかけばかくほど、夢への道が近くなるのだから。

かわいくないくせにモーニング娘。のオーディションに応募したモノを笑ってやろうと行動していた連中。
他人を中傷するだけで自分はなにもしない連中。
弱い者いじめだけが取り柄で、他にはなにもできない連中。

いつまでも夢見ている痛いわたしが質問をさせていただくのはまことに失礼とは存じますが、ひとつだけ質問をさせてください。

他人を中傷して喜ばれているあなた様が持つ夢を、わたしに話してはもらえないだろうか?

2003/02/27 スリープデッド

このメルマガに感想・応援のメールを頂きました。
なお、個人情報などが書き込まれていた場合、こちらで少々修正させて頂きますので、ご了承ください。

【第8回目のメルマガ「俺様の根性」 に頂いたメール】------------------------------------
誰もが口にしたくても出来ない正論を吐くのは小気味良いもの。頑張ってください。

【こちらからのお返事】*********************************************************
はい、頑張ります!
本当はみんな思ってることなのに、それを言うとダメだなんておかしいですよね(笑)。

エセ人権屋を遮断せよ!第8回「俺様の根性」

数年前のことだが、テレビを見ていたらこんな内容が放送されていた。
それは世の中の不思議な現象などを紹介する番組で、その番組のワンコーナーに「感動の奇跡」と題した内容があり、重病に苦しみながらも奇跡的に回復し、今では元気に生きている青年(病気の時は少年)の話をしていた。

で、普通ならそういう話をきいたら、感動し、よかったねよかったね、治ってよかったねと、テレビの前で話してしまうところだが、そのときの俺はそうではなかった。

なぜかって?

その重病になった野郎というのが、不良でヤンキーで暴走族だからさ。

「俺が今どんな闘いをしているか、おまえらにわかるか」
「俺はとても苦しく、つらいことと闘っている」
「それがおまえらにわかるか」

これはなにかというと、この「重病になった野郎」が、闘病中に書いていた日記の一文である。
つまりだ、自分がいかに病気と辛い闘いをしているかを、日記に記しているわけだ。

この「おまえら」というのは特定の人物に向けられているわけではなく、周りのもの、誰でもいい、言ってみれば俺でもいいわけで、その誰でもいい存在に向けられている。

別に、俺に対していおうが言うまいがそんなことはどうでもいい。
それよりも、こいつの「病気との辛い闘い」に対して、まあったくといいほど同情しないんだなこれが。

普段はまじめに生きている心易しい子供が重い病気になり、必死にその病気に負けずに闘ったというのならわかる。
以前もテレビのワイドショーでわずか6歳の男の子が重い病気になり、そのため命がわずか一年と言われ、お母さんは辛いながらもそのことを子供に正直に話したとき、子供は「いやや~!」と言ったのを聞いたとき、俺は涙が出た。
たった6年しか生きていない子供に、あと一年の命だなんて、哀しい以前に、神はなぜそんな試練をこの子に託したのかと、問いただしたくなるほどだ。

こういう子供ならわかる。
しかしいつも他人に迷惑をかけ、そしてそれを面白い、かっこいいと思い込んでいるクズが重い病気になったからといって、それに同情するような感覚など俺は持っていない。

しかもだ、普段の自分が行っていることを棚に上げ、「俺は今、苦しみと闘ってる」だ?
さんざん弱いものいじめをしていたクズが、寝言を言ってるんじゃねえよ!

俺はこのクズが病気で苦しんでいるという再現VTRを笑いながら見ていたよ。
いけ~、やれ~、もっと苦しめってさ。

しかし残念ながらこのクズは病気が完治し、現在ではまじめに働いているということだ。

まったく、さっさと死んでしまえばよかったのに。
そうすれば最高に笑えたのにさ(笑)。
(「俺はいま苦しいんじゃ」というフレーズには笑えた)

ま、コメディにしては作りが甘かったね。
やっぱこういうクズは死んだほうが、オチとしては面白いからね。
今度はそのように作ってね(笑)。

ま、前置きはこれぐらいにして、去年の8月にこんな出来事があった。

1999年に暴走族の2人(人を付けてやるだけありがたく思えよ)が、パトカーに追われてそのままバイクとパトカーが激突!
死亡したバイクに乗っていた暴走族の後部座席に乗っていた田端稔(当時17歳 埼玉県児玉町高柳)の両親が、
「警察官が子供の走行を妨害したのが原因」
とし、損害賠償5500万円を求める裁判をはじめたという出来事があった。

で、この遺族である両親(というか、母親)が、開設しているのがこのページ
「これでいいのか?埼玉県警」(http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1763/f_index.html)

バカバカしいから最初に結論づけたことを言うけどさ、散々人に迷惑をかけまくったクズが、死のうがどうなろうが知ったことじゃねえよ。
単純に追われたパトカーを振りきろうとして、失敗して死んじまっただけのことだろ。
言っちまえば腕が悪いくせにええかっこしようとして失敗したわけだ。

そんな程度のことで、わざわざ訴えてるんじゃねえよ!
しかもまあ、HPを見てもらえばわかるけどさ、いかにも自分のガキに落ち度がなく、警察がひどいように書いてやがる内容を見て、まあ千歩譲って警察が悪かったとしてもだ、暴走族なんかに警察が悪かったという主張なんか通らねえって。

そういえばこんなクズ親、どこかで見たと思ったら、以前暴走行為を繰り返し、警官から「死んでみるか?」と言われて拳銃を突きつけられたことを訴えたバカと同じ思考をしてやがるね(http://page.freett.com/sleep_dead/COLUMN/0007.htm)。

クズがクズを育てる。
最近本当にクズな連中が多いが、それはまさにクズがクズを育てている結果だろう。

常識で考えて、暴走族のガキが死んだのは警察の責任だって訴えたりなんかしない。
「うちのバカを殺してくれてありがとうございました」というのが親だろ。

ま、そういうクズを育てた時点でクズの親だというのはわかっちまうがね。

実際問題、こういった暴走族のようなクズがのさばるのも、こいつらだけではなく周囲の大人にも大きな問題があると思える。
「若いうちだから」とか、「まだ未熟だから」とか、とにかく甘やかしてやがる。

そんなの、歳がいくつだろうが、クズはクズなんだよ!

で、最低最悪の事件がこの間(去年の9月)おこってしまった。
それは、暴走族の久野寛治(愛知県美浜町新浦戸の家事手伝い21歳)を、刺した64歳の男性が殺人未遂で逮捕されたという事件だ。
(本編の前に言っておきたいが、なんだよ家事手伝いって。ただのプー太郎だろう(笑))

久野寛治が、仲間数人とバイクによる暴走行為を行っていることによって腹を立てて64歳の男性は刺したということだが、
そんなの当然の行為じゃん。
つうか、刺されて当然だろう>久野寛治

こいつら暴走族(21にもなって、なんと情けない)は、自分たちは神にも通じる存在だと思ってやがる。
自分たちのすることは、誰からも阻止できない。
おれたちは最強だって。

そう世の中をなめきった連中に、痛い目みせた64歳の男性が逮捕されて、刺された暴走族は被害者?
なめてんじゃねえよ!

こいつらは、おれたち普通に生きている(ま、俺がいばれるほど普通に生きているかどうかはともかく(笑))ものにとって、生活をおびやかす存在なんだよ。
いつこのクズどものために被害者が出るのかわからないんだよ。

そのクズに世の中の厳しさを教え、人々を救ってくれた64歳の男性には感謝状を出してもいいぐらいだ。
それが逮捕?

おまえらおれたちよりすぐれているんだろう?
神にも近い存在なんだろう。
硬派なんだろう?
かっこいいんだろう?

そんなふうに世の中をなめているクズが、ちょっと刺されたぐらいで「いたい、いたい、おかあちゃん!」って泣きわめいてるんじゃねえよ!

なにが暴走族だよ。
一人ではなにもできないクズが、集団になって「おれ様エライ!」と思ってるだけの連中じゃん。
そんなクズが重い病気になろうが死のうが刺されようが、そんなの知ったこっちゃねえよ。

俺の近所でも、どう考えても人様の迷惑になりそう(なってる)クズを取り締まってくれているおまわりさんをみたとき、俺はこういうおまわりさんがいてくれてよかったと本当に安心したよ。
ところがそういうおまわりさんを敵視し、自分の息子がバカをやったからおっ死んだことを警官のせいにできるクズ親。
そしてそういったクズでも刺されたら被害者になる現実。

さっすがクズを育てた親だけあって、頭の中がクズまみれだな。

さて、先程つたえた自分の息子が暴走族だからパトカーに追われて死んだことを逆恨みしているクズ親のページだけど、タイトルが「これでいいのか?埼玉県警」だけどさ。

みんなで言ってやろうよ。
せ~の、これでいいんだよ。

暴走族なんか人権はおろか、生物としての資格もまったくない。
さっさと勝手に死んでくれればいいんだよ。
そしてその暴走族を取り締まってくれているおまわりさん。

心からありがとうといいます。
これからもがんばってくださいね!

今年の年明けも、さっそく懲りもせず暴走していたクズが何人か逮捕されたようだ。
いつも思うのだがこいつら、どうせ暴走するのなら「あの世」に向かってやればいいのに。
根性があるっていうのなら、「あの世」に向かうことが最大の根性なんだから、その根性を見せればいいのに。

そのときには「俺はとても苦しく、つらいことと闘っている」と言われても、そうか、それは大変だ。
はやく死んで楽になってくれという、まるで母の愛のように思うことが出来るのに(笑)。

以前も電車にひかれて死んだ仲間を悲しみに来たクズ連中が、わんわん泣いていたという話を友人から聞いて思ったね。

安心していいよ。
おまえらには悲しみでも、俺達には笑いしか浮かばないからね(笑)。

2003/01/21 スリープデッド

このメルマガに感想・応援のメールを頂きました。
なお、個人情報などが書き込まれていた場合、こちらで少々修正させて頂きますので、ご了承ください。

【第7回目のメルマガ「ミンナノチカラ」 に頂いたメール】------------------------------------
はじめて読ませていただきました。28歳の女性です。
私の考えていることを代弁してくれているかのように感じました。
松原の事件以来、坑うつ剤が手放せません。
四時間にもわたった虐待の苦しみはどんなだったかと、考えても仕方ないのに考えて
しまうのです。
私がいまだにこのことを引きずっているのを周囲は不思議そうに眺めています。
しかし、裁判に向けて動いた方がほかにもいること、そしてこのメルマガを読んだ事
で、
自分は変わっているのではないと思いました。
私は法律を少しかじったのですが、法律が苦しんでいるものを助けてくれるのはまれ
です。
松原や、彼に影響を受けた人々が、この瞬間にもハムスターやウサギを虐待している
かもしれません。ずっとカメラで監視しているわけではないのですから、大いにあり
えますよね。
このことに法律は何もしてくれません。私たちがこのことに対して取り組むべきです
ね。
彼の家の前に張り込もうかと思いましたが、一人では無理です。働かなくてはなりま
せんし。
大金持ちで働く必要が無かったら今すぐにそういった行動を起こせるのに、と歯がゆ
いです。
お金持ちに限ってそういったことをしてくれませんからね。
ふと思いましたが、有名タレントみたいな人が、いろいろと取り組んでくれればいいの
に、でもああいう人に限って自分の現状を維持することしか考えていないんだろう
なー、とぼんやり思いました。
話がそれましたが、勇気をいただいたことに感謝いたします。

【こちらからのお返事】******************************************
わたしもなんでも引きずるタイプですので、この件が頭から離れられません。
さすがに薬の手助けにまではなっておりませんが、その時の猫の苦しみを考えれば考えるほど松原潤への憎しみがつのって行きます。

あと、ご自分は変わり者ではないかと思ってらっしゃるようですが、この件で猫ちゃんに対してなにも思わない考えを持つもののほうがわたしには異常者だと思います。

でも、わたしはこう思います。
自分にはなにも関係のない猫の哀しみが伝わらないことが正常なのなら、わたしは喜んで異常者になってもいいと。

松原潤をはじめ、動物を平気で虐待・虐殺するクズは大勢います。
そのクズどもに一生後悔させるためには、法律などにたよってはダメです。
この国はいちいち例をあげるのが面倒になるほどエリートのお偉いさんたちはあてにはなりません。
だから我々のような弱者の痛みがわかる弱者が必要だと思っています。

道は険しいですが、なにもしないよりなにかをすることが大切ですからね。

あと松原潤を追い掛け回そうツアーは、結構考えております。
そのためにはまず奴をぶっ殺すゲームを制作し、それを話題にして精神的に追い込み、そしてトドメとばかりに直接やつのところに出向こうと考えていますので、楽しみにしておいてくださいね(^^)。

【第7回目のメルマガ「ミンナノチカラ」 に頂いたメール】------------------------------------
猫虐殺事件・・・絶対に許すことが出来ません。松原なんかしんでしまえ!同感します。あんな酷いことをしてまだ、生きて、今日もどこかで寝たり食事をしたりしているのを思うと体が震えてきます。

殺された猫・・・なんの罪もなくただ、一生懸命生きていただけなのにあんな奴に出会ったばかりに全部奪われて晒し者にされて・・たぶんあいつは、反省なんか一生しない。

自分のことしか考えていない最低な奴。

私は、この男を一生許すことはないでしょう。ゲームもメルマガも期待してます。

それでは、また・・・お願いします。

【こちらからのお返事】******************************************
松原潤ぶっ殺しゲームへのリクエスト、ありがとうござます。
実は意外にリクエストが来ないので、悲しんでおりました(笑)。

ゲームを制作する理由ですが、こういうゲームが作られたということを奴が知れば、かなりのプレッシャーになると思うんですよ。
自分を笑いながら殺すゲームがある。
そうやってプレッシャーをかけ、精神的に追い込むためなのです。

奴はしばらくすれば誰もが口にせず、あとはのんびり暮らせると思ってやがります。
そういうわけにはいかないということを思い知らせてやりましょう。

【第7回目のメルマガ「ミンナノチカラ」 に頂いた書き込み】------------------------------------
はじめまして、エセ人権屋・・・からここに来ました。私も、あの最低松原を絶対に許しません。いまだに、こげんたちゃんの事を思うと悔しくて、悲しくてどうしようもありません。あれだけの事をしていまだ生きていると思うと体が震えてきます。虐殺写真は、見ることが出来ませんでしたが、あいつの書き込みは読みました。すべて、覚えてます。
あいつも、あいつの家族も一生苦しんでもらわないと・・・
これからも、メルマガ等でとりあげてください。

【こちらからのお返事】******************************************
写真については、わたしも見ていない・・・いや見れません。
それほどまでひどいことを松原潤はやりやがったのです。
わたしは恨みに思っている野郎には、それだけのことは平気でやれます。

でも、なにも罪のない猫になぜそんなひどいことが出来るのか。
そんな理解できないことを平気でやった松原潤と、それを援護する家族・親戚を徹底的に苦しませてやりたいです。

松原潤や親父の教頭のところに中傷ビラをばらまいた人は、本当に偉いと思います。
そして奴の法廷での写真を撮影した人。

奴は全然反省もせず、毎日生きてやがりますが、まだまだミンナノチカラの恐ろしさを感じていないようです。
本当の恐ろしさはこれからです。

さあ、みんなで奴をどうするか。
一生後悔する方法を、考えましょうね。

エセ人権屋を遮断せよ!第7回「ミンナノチカラ」

 猫への虐殺の模様を日本一人気の掲示板(当然皮肉)に掲載した最低最悪のクズ「松原 潤」への判決が出た。
 懲役6ヶ月、執行猶予3年。
 この手の事件で実刑が出たのは大きな前進という意見もあるが、やはりそれでも軽い。
 軽すぎる。

 こんなクズにたいしてこの程度しか刑が確定しないとは、さすがは平和ボケ日本だけのことはあるな。

 さて、そんな落胆していた俺にこんなニュースが飛び込んできた。

 法廷での「松原 潤」の画像(写真)がネットに流れているということだ。
 なんでも、裁判所ではカメラなどの持ち込みは禁止していたが、携帯電話だけは禁止していなかったため、カメラ付きの携帯で撮られたらしいと。

 俺はこの話を聞いたときに大いに感激したね。
 まだまだ世の中捨てたもんじゃないなと。

 クズ「松原 潤」がやったこと。
 それはもう何度もこの「エセ人権屋を遮断せよ!」やHP「危険!奴がここにいます」で言っているが、弱い猫を己の欲望のために苦しませ、それを楽しみながら虐殺し、その一部始終を楽しみながらネットで流した最低最悪の野郎だ。

 こいつが法廷で言ったこと。
 「会社の上司の期待に応えられないことなどから自分を責めるようになり、二月ごろから書き込みを始めた」。
 事件当日の5月6日、面倒をみていた野良猫が浴槽でふんをし「恩をあだで返されたと思った」。
 「猫に触ったことがなく、浴槽でふんをするとは思わなかった」。
 ネットで中継をしたのは「普段から書き込みをしていたから。うさが晴れると思ったかもしれない」と。
「大学時代、仲間外れにされていた友達に話しかけたら無視され、裏切られた思いをしたことがあった。猫がふんをしたとき、学生時代の記憶がだぶり、怒りがこみ上げた」と。

 自分を弁護してるんじゃねえよ。
 単に面白いから猫をさらってきたんだろう。
 おまえみたいなクズがいっぱいいるから日本一人気の掲示板に書き込みをしたんだろう。

 ふんをされたことが大学時代の思い出と重なったから?

 うそばっかり言ってんじゃねえよ。
 おまえが書き込んでいた、

 ディルレヴァンガー 02/05/08 18:52
 ははは、みんな僕が逮捕されるのを楽しみにしてるみたいだけど
 残念だったね。それなりに証拠は残さないよう考えてるのさ。
 殺人事件並みの捜査力ならいざ知らず、この程度の事件で尻尾を掴ませる僕じゃないよ
 捜査の進展のなさに君たちがいらだってく様が目に浮かぶよ。
 どうせ田代まさしの時と同じに、みんなすぐに忘れるんだろうね。

 この内容のどこに上記で語ったことがあてはまるというのだ。
 目立ちたかったんだろう。
 「ペット大嫌い」のところにこういうことをすればヒーローになれるって思ったんだろう。
 かっこいいと思ったんだろう。
 最初から猫を苦しませて殺すのが楽しみだったんだろう。

 正直に言えよ。

 で、こいつが言っていたすごい言葉が

 (家の周辺で中傷ビラが巻かれたり、「死ね!」という電話がかかってきたことに)「今、社会への恐れが支配している」と。

 なにが社会への恐れだよ。
 おまえがやったことは弱いものを楽しみで殺した最低最悪の行為だ。
 この程度ですんでいることに対して感謝してもいいぐらいだぜ。

 「松原 潤」への怒りは当然おわらず、このまま続くのだが、それより今回の件で俺はみんなの頑張りに対して正直おどろいている。

 警察に嘆願書を送ったり、中傷ビラを巻いたり、いたずら電話をかけたり。
 本当にみんな頑張ったと思う。

 今までは弱いものはいつも泣き寝入りとなり、強いものだけが笑っている時代だった。
 しかしこの件では、弱い猫のことをみんなで必死になって、クズへの制裁を行っている。

 なんと素晴らしいことか!

 そう、弱いものは弱いままじゃない。
 弱くてもみんなで力を合わせてクズを苦しめることができるのさ。
 泣き寝入りなんかしない。泣き寝入りなんかさせない。

 「松原 潤」がやったことはひどいけど、だからといって我々が中傷ビラをばらまくようなことをしては「松原 潤」と一緒だという意見もあるが、俺はそうは思わない。
 なぜならこいつがどんなことをしたかを知っているからだ。

 苦しみ、痛みでのたうち回る猫を、笑いながら殺したんだよ。
 そのときの状況、猫の苦しみ、それらを思い出すだけでも涙があふれてしまう。

 そんなクズに、同情の余地などまったくないではないか。

 法廷での「松原 潤」の姿を写真におさめた人。
 あなたはなんて素晴らしい人なのだろう。
 残念ながらその写真を俺は見ていないのだが(持ってる人がいたら連絡ちょうだい)ひょっとしたら自分に危険がおよぶかもしれないのに、よく行動した。
 本当によくやってくれたと、心から感謝したい。

 判決が出て、司法による行動はここで終わった。
 しかしまだ終わりではない。

 なぜなら「松原 潤」、そしてふざけたコメントを出した親戚、こいつをこんなふうに育てた教育者の鑑であるお父様はまだ全然無事である。

 まだまだやることはいっぱいあるだろう。
 そこで俺は、俺だからこそできることをやり続けたいと考えている。

 こうしてコラムを執筆するというのももちろんそうだが、今かんがえているのは「松原 潤」ぶっころしゲーム。
 「松原 潤」を出来るだけ長く苦しませて殺すという内容だ。
 今はまだ考えている途中だが、リクエストがあると制作するつもりだから、よろしく!

 俺は異常者だろうか?

 ああ、異常者かもしれない。こんなことを考えるなんてさ。

 でもな、なにかしてやりたくてたまらないんだ。
 俺の、俺のできる方法で殺された猫の敵を討ってやりたくて。
 そのためには喜んで異常者になってやるさ。

 みんなもそうだろう?
 「松原 潤」が徹底的に苦しみ、自殺するまでが終わりじゃないって、思っているだろう?

 こういう考えはいきすぎているだろうか?

 いいや違うね。

 なぜなら「松原 潤」の苦しみなんか、虐殺された猫に比べれば全然軽いんだからさ。

 こんなクズに人権なんかない。
 懲役6ヶ月、執行猶予3年。
 そんな程度しか罰則がでないのなら、俺達でさらに重い罰則を与えるしかないではないか?

 スリープデッド 02/11/19 21:37
 ははは、松原 潤は自分は大丈夫だと安心してるみたいだけど
 残念だったね。それなりにもっと苦しませようと考えてるのさ。
 死刑になったのならいざ知らず、この程度の罰則で許せる俺達じゃないよ
 あまりの進展のすごさにおまえがあやまる様が目に浮かぶよ。
 どうせ松原正顕の時と同じに、みんな絶対に忘れないからね。

 笑いながらなんの罪もない猫を苦しませて殺したおまえには、まだまだ責任をとってもらう。
 せいぜい執行猶予の3年だけ我慢すればいいと思っていればいいさ。

 だが残念だが、おまえの罪は3年はおろか、何十年何百年何千年すぎようが、消え去ることはない。
 一生きえないんだよ、てめえのやったことは。

 安心しな。すぐにくたらばらそうなんてみ~んな思ってないから。
 苦しんで苦しんで苦しみぬかせてやるから。

 おまえはそれほどのことをしたんだよ。

 いつまでも弱者が泣き寝入りすると思うな。
 悲しい猫の気持ちがわかる、ミンナノチカラを思い知れよな。

 だからさっさと自殺しなって。
 大丈夫、安心しな。
 おまえが死んでも誰も悲しまないから(笑)。

 猫が虐殺されたことはみんなが悲しむが、おまえが虐殺されても笑う者はいても、悲しむ者は誰一人としていないから。
 (あっ、ふざけたオツムの親戚とかは問題外ね)

 みんな、奴はまだ生きてるぞ!
 この悲しみはまだ終わっちゃいない。
 終わらせちゃいけない。

 松原 潤、ミンナノチカラを思い知りやがれ!

 2002/12/10 スリープデッド

エセ人権屋を遮断せよ!第6回「人気者コーナー」

 この間、実に興味深い判決が出た。
 それは、女子高生から痴漢されたと訴えられた男性が、すでに刑事事件として無罪を確定されていたにもかかわらず、民事では「有罪」とされたという事件だ。
 民事での裁判がはじまったのは、痴漢の汚名を着せられたために名誉をけがされたと言う男性の訴えからはじまった裁判なのだが、すでに無罪とされたのに民事では有罪となったのには驚いた。
 (内容は違うが、「山形マット死事件」を思い起こさせられる。OJシンプソンもそうか)

 民事で有罪となったのは、男性の行動に不信な点があるかららしい。

 この事件、実は数年前からネット上では有名で、痴漢されたと訴えた女性は過去に何度も同じような訴えを起こし、その度に相手の男性から訴えを起こさないかわりにお金を受け取っていたということが知られており、実はでっちあげではないかという噂が広まり、実際刑事事件の裁判では男性は無罪を勝ち取っており、今回の民事での裁判の行方にはかなり興味をもっていた。

 実は近年こういう被害にあってもいないのに「痴漢された」と訴えられる「でっちあげ」による冤罪の被害が多く、泣き寝入りしている男性が多い。
 その男性たちが集まり、訴えを起こしているHPまであるほどだ。

 実際「痴漢された」と訴えられた男性は、やってもいないのに「やったこと」にし、示談に持ち込むケースが多いらしい。
 なぜなら痴漢という犯罪は、被害者の女性(最近は男性のケースもあるが)が被害にあったといえば、たとえそれが事実ではないとしても事実とされてしまうからだ。
 そのためたとえ冤罪だとしても、時間がかかってしまう裁判に持ち込むよりも、数万円払って終わりにする示談に持ち込むケースが多い。
 しかし、そうしてしまうと「わたしが痴漢しました」と認めたことになるわけで、社会的な信用がなくなり、まさに死刑判決ともいえる。

 で、俺自身はどう思っているのかだが、ここまで読んでもらった感じでは、だから痴漢の冤罪はけしからんという話をするようだが、実はその話が今回のメインではない。
 というより、なぜこれほど多くの痴漢の冤罪事件が起こるかだ。

 それは逆にいえば、それだけ痴漢による被害が多いということでもあるわけだ。

 テレビでタレントが話していたり、自分の周りで話されていることを聞いているだけの知識しかないので申し訳ないが(俺が痴漢の被害にあうわけはないので)、痴漢による被害はものすごく多い。
 そしてまた、痴漢を犯罪と思っていない奴もまた多い。

 以前某テレビ番組で、某司会者(上岡龍○郎)が、痴漢にあった被害者を50人集めて話を聞くという企画があった。
 するとその番組で、こともあろうにこいつは「ちょっと触られたぐらいで怒ることもないのに」というような発言をして、驚いた。
 もっとも、そりゃあんたがいつも簡単に触ってるからやろうとも思ったけどね。

 実は痴漢を行っている、あるいは痴漢の被害者を語る男性には、

 「ちょっと触られるぐらい別にいいじゃん」

 そう思っている者が本当に多い。

 そして、被害者の実態を全然知らない奴らばかり。

 それではお訪ねします。
 あなたの彼女・娘・妻、愛するものが同じ状態になっても同じことを言えるのですか?

 これはなにも痴漢の被害だけではなく、いじめなどの被害者に対しても同じだが、絶対に自分の周りで起こった場合は同じことを言えないはずだ。

 俺は痴漢の被害者の話を聞いたことがあるが、その現状には怒りという言葉しかない。

 触られても恐くてなにもできない。
 誰にも話せない。

 そういう被害者ばかりだからだ。

 スカートの中に手を入れ、下着にまで手を入れてくる。

 これのどこがちょっと触るだ。
 えっ、言ってみろ!

 被害にあっているのになにも出来ない。
 なにも言えない。

 その被害者の悲しみを思うと、気軽に考えているやつらの気が知れない。

 しかも痴漢をしているクズの言葉を以前聞いたが、

 「自分のテクニックで相手も喜んでいる」
 「相手も痴漢されるのを待っている」

 などとほざいてやがった。

 それも少しのうしろめたさ、恥ずかしさもなしにだ。

 そしてこういう話を被害者から聞いたこともある。

 「わたしが被害にあっているときに、周りの人は痴漢ではなく、わたしの顔を見る」

 痴漢しているのが誰なのかではなくく、どんな女が痴漢されているのかが興味の対象だと。

 「痴漢は犯罪だ」と、駅などに表示されているけど、俺に言わせればわざわざ「犯罪です」と言わなければならないその現状にはあきれるばかりだ。

 いいや、この件だけではない。
 これではまるで観光地での「ゴミは持ってかえりましょう」なみの幼稚さだ。

 少し考えればわかる常識すら理解せず、自分の都合のいいように解釈する。
 そしてその被害に泣くには、いつも弱いものばかりだ。

 なあにが「少し触るだけで怒るな」だ。
 なあにが「俺のテクニックはすごい」だ。

 寝言は寝ているときだけにしろよな!

 ネットをはじめとする痴漢たちにはネットワークが生まれ、その情報が共有されている。

 それは「どの女の子なら大丈夫」か。
 「どの女の子なら触らせてくれる」かだ。

 つまりこれは、「こいつなら弱いから、なにをやっても大丈夫だぜ!」という情報を共有し、広めているということなのだ。

 こういう連中がのさばり、笑い、泣いているのは弱い女の子だというのが現実なんだよ。
 わかってんのか!

 でっちあげで冤罪で苦しむ男性は本当に気の毒だし、もし自分がでっちあげにあえば自分の無実をはらそうと必死になる。
 それは当然のことだと思うし、でっちあげは絶対にあってはいけないし、でっちあげなどをしやがった奴は様々な糾弾を受けるのは当然の酬いだ。

 それは認識している。
 しかしそれは冤罪・でっちあげについて議論すべきだ。

 俺が今回コラムを執筆したのは、昨今の痴漢の冤罪の多さばかりが一人歩きし、実際に被害にあって苦しんでいる弱者が置き去りになっている現状をなんとかしたいと思ったからだ。

 このまま冤罪の多さばかりが取り上げられ、実際に痴漢をしているクズが野放しになったまま、捜査の手がゆるむ。
 それが本当に恐ろしい。

 実際に被害にあっている女の子の悲しみを考えると、いてもたってもいられない。

 恐くて声を出し、助けを求めることも出来ない。
 そんな被害者の声に、誰も見向きもしない。

 声を出さないから聞こえないのは当たり前だ?

 いいや違うよ。
 違うんだよ。

 声は出ているさ。
 十分に、助けを呼ぶ声がさ。

 ただ、ただ誰も聞かないだけさ。

 俺も男だ。
 触りたいときもあるさ。

 しかし、しかし俺は絶対にそんなことはしない。
 少なくとも恐くて声も出せない弱者に、そんなことを平気で出来るクズになる気なんかさらさらない。

 罰金5万円(10万だったかもしれん)。
 これが痴漢という最低な犯罪での罰則だ。

 こんな軽い罰則で、やめる奴なんかいるもんか!

 で、俺が考えた素晴らしい罰則。
 素晴らしすぎて涙が出る方法だけど、このメルマガを読んでくれているみなさんだけにそっと教えるね。

 痴漢を捕まえ、確かにやったという確証が見つかったら、駅などの場所で「人気者コーナー」という場所を作り、そこにそのクズの顔や勤め先といった情報を、選挙のポスターのように貼ってやる。
 (もちろんネットでもOK!)

 ね、これならいい情報源になるでしょ?

 クズが誰が触らせてくれるかという情報を共有するのなら、我々は誰がクズかの情報を共有してもいいだろう?

 こうまでしないと、こんなクズどもはいつまでたっても消えやしない。
 クズが消えないということは、被害者も消えないというのは当たり前だ。

 弱者を狙うクズなんかに人権なんかあるか!

 てめえらは「(腐った)人気者」として、人々に知られてしまえ!

 まさにそれこそ、あんたのテクニックでみんなが喜ぶということなんだからさ(笑)。

 2002/10/03 スリープデッド

エセ人権屋を遮断せよ!第5回「私たちの神様」

 古来から日本をはじめ、世界中では巨大な力を持つものを神としてあがめてきた。
 それは巨大な生物だけではなく、どうしよもない大自然の脅威など、とにかく手に負えないものにたいしてだ。
 古い神話などで、暴れ回る化け物を神としてあがめていたという伝説は数多く残されている。
 有名なところでは、八岐大蛇がそうだし、あのゴジラももともと大戸島という小さな島で、人々から恐れられて神として祭られていたという設定が第一作にはあった(最近はこの設定は大森一樹のせいで消されちゃったけど)。

 巨大な化け物だけではない。
 台風や飢饉などをも神として祭り、人々は恐れていた。

 この巨大な力を神とするその心理はいったいなんなのだろう?
 ひとつは「自分達では手に負えないほどの巨大な力を持つものへの尊敬・あこがれ」であり、そしてもう一つは「恐いから、神様として祭ってゴマをする」というものだろう。

 さてさて、話は変わってわたくしスリープデッドが14歳のときの話。
 学校内の代表である生徒会長の選挙に、こともあろうに学校内での最低最悪のクズが立候補しやがったのだ。
 で、結果は見事当選。
 ま、生徒会長なんて誰がなっても同じだから別にいいのだが、問題なのはこんなクズでも選挙に通った事実だ。
 常識で考えればこんなクズには普通投票なんかしない。
 仮にクズたちの組織票だとしても、クズだけで当選するほどの数の票なんか集まらない。
 ではなぜ当選したのか?

 それ以外の連中が、投票したからさ。
 ではなぜ投票したのか?
 こいつが人気があるから?
 こいつだったらなにかしてくれるとみんなが思ったから?

 いいや違うな。
 絶対に違うな。

 こいつが当選しなかったら、なにをされるかわからないから、みんなびびって投票しやがったのさ。
 好きでもないこいつに、大勢が投票したのさ。

 ちなみに俺はこんなクズに投票してやる義理もなければ、従う気もまったくないので違う奴に入れたというか、確か無記名だったかな?(笑)
 なんにしてもこんなクズに投票なんかしなかった。
 だってさ、誰が投票したか、誰が投票しなかったかなんて、どうせ誰にもわからないんだしさ。

 ところが、みんな誰が投票したのかなんかわからないにも限らず、このクズに投票した。
 当選しなければなにをされるのかわからないから、びびってさ。
 笑わせるじゃないか。
 自分の信念を、そんな簡単なことで曲げられるなんてさ。

 そして時間は過ぎ、俺が10代後半だったある頃。
 とある駅のホームで傘を持って(雨が降ってたから)うろうろして、ベンチがひとつ開いていたので、そのイスに座ろうと傘を先にイスのてっぺんにひっかけた。
 すると傘がすべってイスのてっぺんからすべり落ち、座るところに落ちた。
 バシ~ンという大きな音が聞こえると、その隣に座っていたおじさん(たぶん40代)が「すいません、どきます!」といって、そのイスから離れて違うベンチへと向かった。
 俺はその一瞬のできごとに頭がクエスチョンマークになったが、しばらくして事態がのみこめた。

 このおじさんは俺が「そのイスからどきやがれこの野郎!」ということで傘を叩きつけたと思い、恐ろしくなり他に行ってしまったと。

 そりゃさ、俺は目つきも悪いし、言いたいことは遠慮せずに大声で言うし、なに考えてるのかわからない表情もしたりするよ。
 でも基本的にやさしい風貌で、見ず知らずの人から話しかけられたり、嫌な男から逃げ出したい女性に助けを求められたりして(実話)実際に助けるような性格の持ち主だぞ。
 そんな俺をびびるとは・・・。

 いいや、別に俺だからびびったんじゃないんだ。
 別に誰でもいいんだ。10代の奴ならば。
 10代の奴はなにを考えているのかわからない。
 だから・・・恐いんだろう。

 実は今回は全然違うテーマを考えていたのだけど(基本的に同じようなテーマは続けないように考えている)、未だ世の中にイジメについて「イジメられる方にも原因がある」などと考えている人がいるという内容のメールを読者様から頂いたことにより、考えが変わった。

 この頂いたメールを読み、俺は自分の中にある「弱いものいじめに対する怒り」がさらに大きくなったことを感じとった。
 この頂いたメールの通り、世間ではまだまだ「いじめられるほうも悪い」あるいは「悪いからいじめられて当然」などという考えがまかり通っている。

 第2回の感想(掲載は第3回のとき)に、お酒を飲まれてメールを送って頂いたお父さんのメールを掲載させて頂いたし、その他多くのかたからも同じように「世間ではいじめられるのはいじめられるほうが悪いと思っているものが多い」ということを話されていた。

 常識に、普通に考えればどう考えてもそんな考えはできないはずなのに、どうしてそんな考えが出来るのだろう?

 俺もそれをずっと考えていた。
 どうしてだ? どうして「いじめられる側が悪いと言われなくてはいけないのか」。
 やっとわかったよ。
 わかっちまったよ。

 そう、みんな恐いのさ。
 びびってるのさ。

 もしいじめる野郎に「きみ間違ってるよ」と言って、自分がいじめられる側に回らされるのがさ。
 だからいじめる側を正しいとし、いじめられる側を悪いにするのさ。
 自分がなにをされるのかわからない、恐いからさ。

 古来から神には生け贄を捧げてきた。
 それは子供や若い女性などの、弱いものばかりだ。

 そして今も、弱いものをいじめられる側にすることによっていじめるクズにご機嫌をとることによって生活してやがるのさ。
 自分たちがかわいいからな。

 それはなにも20以下のガキだけじゃない。
 いい年した大人も、びびってやがるのさ。

 この世でなにが一番なさけないのかといえば、この「恐いから言うことをきく、恐いからそいつのことを好きになる」という行動ではないだろうか。
 まったく笑わせるぜ。
 俺たち生を受けたものはな、自分でモノを考え、自分の頭で行動をするはずだ。
 それが「恐いから言うことをきく」なんて、情けなすぎて涙が出るぜ。
 しかもてめえで勝手にびびってるのならまだましも、さらに弱いものをいじめている行為を賛美するなんて、情けない極み以外のなにものでもないぜ。

 みんなみんなびびってやがるのさ。
 自分達がいじめられる側に回るのがさ。

 そしてその情けないびびりがないのは、「いじめられている側」だというこの皮肉。
 強い=いじめる側にこびを売らないのは、いじめられる側なのだから。

 「いじめはいじめられる側が悪い」。
 昔から繰り返し言い聞かされている言葉は、自分がいじめられる側に回りたくないというびびりが生み出した幻の言葉。
 なにもしない俺でさえもびびったおじさん。
 みんなこのおじさんみたいにびびって毎日を送り、「いじめはいじめられる側が悪い」と繰り返し唱えてやがるのさ。

 町を荒らす魔物が、やって参りました。
 人々はその魔物に恐れおののき、その魔物を「神様」と呼び、祭り立てました。
 その「神様」に、人々は尊敬の念を込めて、こう唱えました。
 「いじめはいじめられる側が悪い」
 「いじめはいじめられる側が悪い」
 「いじめはいじめられる側が悪い」
 「いじめはいじめられる側が悪い」
        ・
        ・
        ・
        ・
        ・
        ・
 「いじめはいじめられる側が悪い」

 みんなこうやって毎日を恐怖におののき、唱えているんだろうな(笑)。

 今から数年前の、沖縄米兵による少女暴行事件を覚えているだろうか?
 思い出すだけでも腹立たしい話だが、この事件のときに沖縄の米軍基地に対する訴えを言うというイベントがあった。
 その中の女子高生の言葉が、俺にはズシンとのしかかった。

 「もうこれ以上こどもや女性という弱者だけを犠牲者にしないでください!」

 哀しい言葉だ。
 犠牲者を生み出すことでしか平和を保てないなんて絶対におかしい。
 そしてそのおかしいことに対して根本的な問題定義を行わず、弱者を責めることで自己満足に浸る人々。

 「いじめはいじめられる側が悪い」。
 こんな言葉を平気で言える奴は狂ってる。
 まさに魂を売ってしまった亡骸そのものだ。
 亡骸になってひたすら取り憑かれたように「いじめはいじめられる側が悪い」「いじめはいじめられる側が悪い」と唱えていやがるのだろう。

 おびえて己が助かりたいためにいじめる側を神と祭り、同じことしか言えないような亡骸になりたいのなら、勝手にさっさと死んじまえ!
 亡骸のぶんざいで、いじめにも耐え、一生懸命生きているものを罵倒する、おまえはいったい何様だというのだ。
 
2002/09/16 スリープデッド

このメルマガに感想・応援のメールを頂きました。
なお、個人情報などが書き込まれていた場合、こちらで少々修正させて頂きますので、ご了承ください。

【第3回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
初めまして。

突然、不躾なメールを送りまして申し訳ありません。
「NBE」のコラムの頃から愛読させていただいている
者です。

メールを送らせていただいたのは、メルマガを拝読
しまして、未だ世の中にイジメについて「イジメら
れる方にも原因がある」などと考えている人がいる
らしいと知り、その考えについて、誰もが即座に決
定的な反論をできるとは限らないようだからです。

「イジメられる方にも原因がある」。この考えはど
う考えてもおかしいです。この考えを持っている人
に私は聞きたい。

「では、原因や理由さえあれば、イジメを行っても
許されるのですか?」

イジメがすなわち悪であるならば、原因や理由など
問題ではないはずです。どんな理由があろうと、大
勢でひとりの人間を、自殺に追い込むまでイジメる
ことなど許されない。どんな理由があろうと殺人が
罪であるのと全く同じです。「イジメられる方にも
原因がある」と言うからには「原因があればイジメ
ても構わない」という前提が必要なはず。そうでな
ければ原因を考える意味など全くないからです。

「イジメられる方にも原因がある」と言うからには
「イジメ許容派・擁護派」という旗を掲げるべきで
す。そうでなければ「イジメられる方にも原因があ
る」という言葉は意味を失います。意味のないこと
を言っているつもりがないならば「旗をかかげよ」
と私は言いたい。そして、旗をかかげたからには、
旗を目印に攻められても文句は言えないはずです。

「共産主義」と書いた赤い旗を懐に隠し、警察・公
安との闘争に利用するためだけに「人権」の旗をか
かげるような「ペテン師」のような人間が私は一番
嫌いです。私は「反イジメ・反エセ人権・反イデオ
ロギー」の旗をかかげ、微力ながらメルマガ「エセ
人権屋を遮断せよ!」を応援させていただきたいと
思います。

【こちらからのお返事】******************************************
 今回のコラムにも引用させて頂きましたが、とても胸に迫るご意見です。
 「イジメられる方にも原因がある」。その言葉がいじめられている子供にどれほどつらく、そして大きい痛みを与えるのか。
 それを理解できないクズがとても多いこの現状。
 そしてそれを後押しする一般市民(嫌みを込めて)。

 犯罪被害者もそうですが、世間ではいじめにあった、被害にあった。
 それを被害者側に落ち度があったと思いたいようです。

 そんなにそう思いたいのなら、自分自身が被害者になればいいのに。
 そしてその立場になったときに、「イジメられる方にも原因がある」という言葉が出るかどうか、みものですね。

 なお今回のコラムですが、まだまだこの問題には言い切れない部分がありますので、次の機会(次に発行するメルマガというわけではなく)にでも違った切り口から取り上げたいと思います。

【第4回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
掲示板の方で、いろいろ書込みしていた時にこちらのページを知りました。
コラムには松原の住所が、書いてあり、とても助かりました。
私は何をしてあげれるか、ずっと考えていましたから・・・
絶対、この事件は何年経っても忘れません。
復讐のように彼には社会復帰できないように広島の地方の会社に写真を送りつけてや
りたい。
私も遠くの住民なのでビラ配りができない事を残念に思っています。
その他に何ができますでしょうか?
こんなに私の心にも悪が出てきたのは松原のせいです。
猫ちゃんが、どんな気持ちだったか・・・
痛かったでしょう・・・
恐かったでしょう・・・
いつも猫ちゃんの顔が浮かびます。
あれから数日経ちますが、私の心は松原への怒りでいっぱいです。
松原や、松原と同じ気持ちでいるあのサイトの奴達にも思い知らせてやる
ように思い罪を与えたり後悔させたい。
その為に、私はどうすればいいんでしょうか?
こんな事を相談して、すみません。
共に、力不足のこの私に協力してください。
長々と失礼いたしました。

下の文章は、他のいろいろな掲示板やメディアに載せた内容です。
どうぞ掲載させてください。

「共に、力不足のこの私に協力してください。
今回の犯人だけでなくても、猫や犬への虐待、虐殺はニュースで最近よく耳にし、そ
の度にどこにもやれない怒りに苦しんでいます。何でそんな事が出来る人がいるのか

私にはニコニコしていても優秀な人でも周りの人達が「そんな事をするのか・・・」
とさえ、人間不信になりそうです。
この事件をきっかけに某有名匿名サイトを知りました。この前、他にもひどい人達が
いるのではないか?と気になってサイトを覘きました。驚く事に「ペット大嫌い」
というコーナーがあり、そこに書かれている内容が目を疑うほどです。
「猫でも殺そっかな・・・」等など。あのコーナーを作っている管理人も含め、掲示
板にカキコしている人達は頭がおかしい!!心が腐っている。そんな事を日常茶飯事
のように言っているから動物虐待、人間までも殺すようになってしまうんです。動物
に虐待する人は人間にだって同じ事をすると思います。だからちゃんと重く裁くべき
だと思います。
そして、様々なサイトを見つていると、私のように怒ってくれている人達がたくさん
いる事を嬉しく思いました。皆さんは正常な素晴らしい人達ですね。
先ほど、このニュースを見た時、犯人の親戚が「ちょっとした冗談が逮捕されるなん
て・・・」とふざけた事を言っていました。私はすぐにでも、そこに行って説教した
い気持ちで一杯でした。「冗談」?猫を殺す事が冗談なのか?そんな環境の中で育っ
た人だから頭がおかしい奴になってしまったんです。親も親戚も命の尊さを教えるべ
きではないのか?こんなに熱く話しても怒っても私には何もできない。野良達を全部
拾って暮らす事もできない。どうすれば良いのか・・・
せめて、そんな事をする人がいなくなるように、ちゃんとした罪の償いをこれからさ
せるべき。もういいかげんに、このような知らせを聞く事に我慢ができません。
あの腐ったサイトのコーナーも警察の方々が動いてなくすべきです。パソコンが普及
している世の中、若い世代の子達に悪い影響を与えます。
本当にショックなので首相にも手紙を書きます。(読んでもらえなくても)日本のこ
れからについて・・・教育について・・・良い大学に行けば素晴らしい人間なのか・
・・親が教える弱いものを守る愛について・・・」

【こちらからのお返事】******************************************
 わたしもクズ松原潤に対してなにをしていいのか、実はかなり悩んでいます。
 しかし忘れてはいけないのは、こんなクズを忘れず、一生糾弾し続けてやることでしょう。
 松原潤のことを忘れず、なにかあったら糾弾してやる。
 もうまともな生活をさせてやらない。
 これだけでも松原潤にとっては相当なプレッシャーでしょう。

 おかしな人々ですが、あそこの連中はもうまともな思考をもっていないので、なにをいっても無駄です。
 そのために我々はこの頭のおかしな連中を絶対に許さない。
 それが第2第3の松原潤を生み出さない抑止力となるでしょうから。

 でもね、本当はこんなことができない人のほうが圧倒的に多いんですよ。
 ところがおかしなクズが一人でも発生すると、おかしくないものでも自然におかしくなってしまう。
 そのためにも「松原潤予備軍」は今のうちに手を打たなくてはいけないのですが、この国ではなにもしようとしない。
 そのためにも松原潤を徹底的にこらしめる必要は大いにあると思います。

【第4回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
はぁ………なんともやるせない気持ちです。『絶たれた夢』というタイトルと子猫と
いう登場人物からすぐに内容は予測できたわけで,猫好きな私にとっては読むのが怖
くて躊躇ってしまいました…。

読み終わって,やり場のない怒りが涙となり流れ落ちた今,私はとても複雑な気持ち
でいっぱいです。

人間とは本当に不思議なもので,「自分の気に入った」動物と一緒に生活をしたがり
ます。
そう,猫の気紛れな性格がかわいいと思ったり,犬の忠実な性格が好きだったり,綺
麗な色をした熱帯魚が好きだったり,は虫類の触り心地が好きだったり,売ったら相
当価値のありそうなクワガタやカブト虫を可愛がっていたり…。
動物だけじゃなく植物にだって愛情を注ぐ人もいます。
人間というのは本当にさまざまな生き物を愛し,自分の宝物,はたまた生活のパート
ナーにまでしようとするんです。

今回のコラム,デッドさんは涙を流しながら書いたって言ってましたよね。
私も久々に自然に涙が流れました。
…でも,このコラムを見ても泣かない人はたくさんいると思います。
子猫のことを可哀想だと思わない人もたくさんいると思うんです。

敢えて極端な話をします。
私は猫が大好きですが,は虫類とかまるで触れないし昆虫なんて見るのもだめです。
例えばインターネットで昆虫や蛇とかが殺されているのが放映されていても,正直気
持ち悪い…程度にしか思えません。
昆虫や蛇のために涙も流してやれません。

こんな私は冷血でしょうか?。
平気でゴキブリや蚊を潰して生きている私は,子猫を殺した松原と同じ罪人なのでし
ょうか??。

大抵の人は,『そういう問題じゃない』とか『子猫と虫とでは次元が違う』などと思
われるかも知れません。
現に私もどこかで差別してしまっているから虫とかを平気で殺せるんです。

でも,話は戻りますが,本当に人間は不思議なものなんです。
私の知り合いでも,猫なんかより虫の方がよっぽどかわいいと本気で言う人までいる
んですから…。

昆虫を愛する人にとって猫と昆虫は全く同等,魚を愛する人にとって猫と魚は全く同
等,植物を愛する人にとって猫と花は全く同等。
もしくはそれぞれが愛するものの方がもっともっと上だったりするでしょう。
私が,今飼っている猫を当然のごとく家族・人間同等と考えているように。

確かに,松原は許せません。絶対に。
その松原の親の考えも,私には到底理解できません。
しかし,きっとその親子を見ても怒りなんて感じない,という人も中にはいるんだな
…と思うと,とてもやるせない気持ちでいっぱいです。

その反面,上記のように『人の考えは様々だから,しょうがないのかな』と冷静に考
えてしまう自分もいたりして…。
でもそんな事言ってたら,ほとんどの犯罪が『しょうがない』になってしまわない
か,とか。

特に人間以外の動物に関わる犯罪なんてすごく難しいですよね。
一般的に,どの生き物から『可哀想』だと思われるのか。
どの生き物だったら『可哀想』だと思われないのか。
世間的に『罪人』というレッテルを貼られるか否かも,これにかかっていると思うん
です。

長々と書いてしまってすみませんm(>_<)m。
はっきり言って,自分でも何が言いたいのか分かりません。
もしかしたら別に言いたい事なんてなかったのかも知れません。

でも,混乱してたんです。
頭があっつくなってしまって…。
だからどうしたらよいのか分からなくて,只々思うままにメールを打っていました。
ごめんなさい。
読み流して下さって結構です(^^;)。

それじゃ。今度のメルマも楽しみにしてますね。
本職の方も頑張って下さいo(^-^)o。

P.S
私は,デッドさんみたいに自分の意見を貫いてあそこまでみんなにさらけだせる人,
羨ましいです。
……でも,あんまり過剰表現しすぎると…デッドさんがまずいのでは……?…と,最
近ちょっと心配しちゃってます(≧_≦)。…大丈夫ですよね……???(苦笑)。

【こちらからのお返事】******************************************
 ・・・難しい問題です。
 わたしも猫や犬だからこれだけ怒っていますが、もしこれがゴキブリとかだったら怒ってないかもしれません。
 でも、でもやっぱり絶対に許せないですし、刺されないために蚊を潰すのとは根本的に違う部分があると思います。
 それは、楽しみのために生物を殺したかどうかです。
 楽しくてしょうがなく、笑いながら生物を殺せるなんて、もうまともな神経ではありません。
 そんなまともじゃない神経の松原潤と我々とでは根本的に違うと思います。

 ・・・とはいったものの、わたしも正直どう回答を出していいのかわからないです。
 まさに生きるために、生き続けるものの業とでもいいますか・・・。

 さて、わたしのような本音バリバリなものに対するご意見ですが、こんなわたしを羨ましいだなんて照れちゃいますね。
 過剰表現の部分ですが、実はこれでもだいぶ押さえていたりまします(普段はもっとすごいです)。
 ということで、さらに過激になる可能性はまだまだ高いですが(笑)、今のところ大丈夫なので、ご心配ありがとうございます。
 もしなにか起きましたらご報告します(笑)。

 なお本職は、このコラムのために捨てました(おいおい)。

【第4回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
私も松原潤が逮捕されて、警察も捨てたモンじゃないと、私たち一人一人の行動(上申書・
嘆願書・署名・警視庁への抗議メール等)が大きな力になってお上を動かしたんだと感動を
覚えました!

しかし・・・スリープデッドさんが書いておられるように、松原の親戚のあの「発言」に
は驚きましたね

あの親戚あって、この犯罪者ありき・・・・・って感です

「冗談」で命あるものを虐待して殺す?

「冗談」でなぶり殺しの実況中継を世界中に流す?

松原教頭先生の小学校では、生徒に「冗談」なら何をしてもよいと教えているんでしょう
か?

「冗談」で流した残忍な映像を生徒が見て、「こんなコトしてもいいんだ」なんて真似し
たとしても、それも「冗談」だと済ませるのか?

猫だから、動物だから、飼い主がいない野良だから、何をしても構わない、たかが野良猫
じゃないか!・・・・・あの一家の”価値観”てその程度のものなのだろう

だから、人間殺らなきゃ捕まらない、逮捕されるのはおかしい、なんて「おかしな感覚」
に陥っているのだろう

松原潤が”おかしい”のは、昨日今日のことではなく、育ってきた環境自体が”おかしか
った”んだと、今回の逮捕で思いましたよ

でも・・・松原が逮捕され罰を受けても、「こげんたちゃん」は生き返りません

人間も含めて「命あるもの」は、死んだらもう生き返らないのです

ロボットみたいに「リセットボタン」を押せば元に戻るわけではないのです

最近、信じられない位簡単に人を殺してしまう輩が増えてきたように思います

これも”バーチャルの世界”で、命の重さに対する感覚が、麻痺してしまったように思え
てなりません

ITの普及で生活が大変便利になり、インターネット(携帯メールも含めて)人口も爆発的
に増えましたが、その反面「上手に利用できてない」人もまた増えてきているような気が
します

親も簡単に携帯やパソコンを子どもに買い与えているようですが、これらはあくまで「道
具」なのであり、私たちはそれをうまく「使い」「利用」していかなければいけないんで
す。決してこれらの機械に「利用され」「毒されては」ならない、ということを教えなけ
ればならないと思うのです

【こちらからのお返事】******************************************
 この間ある弁護士の先生の話を聞いていたのですが、本当に親も一緒に教育し直したいことが多いと。
 強盗をしていたクズの親にあったそうですが、「強盗をしてなにが悪い?」ということを平気で言ったそうです。
 今の世の中が最悪の状況になってきたのは、クズに対してなにもせず放置し、そのクズが成長してさらにクズを育てた結果でしょう。
 今回の松原潤をはじめ、クズの始末をこのまませずに放置し続ける限り、第2第3の松原潤は現れ続け、その度に被害者が生まれ続けることでしょう。
 

【第4回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
「動物虐待をなくすには」の掲示板を拝見して購買しました。バックナンバーを読み再び怒りと涙が..この件は何回色々なところ読んでも怒りのあまり体が「カッ」とします。世の中おかしいです。最近の10代~20代?は動物を可愛がらないようです。先週、鎌倉の海辺でパンを食べていた日焼けした金髪系の若い女の子が鳩を(パンくずが欲しかったのでしょう)異常に嫌がりこっちにくるな!2、3人でと大騒ぎしていました。まるでゴキブリ扱いでした。別に可愛がらなくてもいいけど、何もしてないのに追い払うことはないでしょう。昔から動物嫌いな人はいますが、何かおかしい、と思うです。この世に"自分と仲間以外はいない"ような感じです。他の件も期待しています。がんばってください。

【こちらからのお返事】******************************************
 人間はもともと動物を見てかわいいとか、助けてあげようといった本能が働くようにできているのに、その本能がない者が増えているとは・・・。
 わたしも別に嫌いなものを好きになれとはいいません。
 でもそれならば、せめてそっとしてあげるべきです。
 動物はただ単に人間を友と思ってしたってきてるだけなのだから。

 それにしても金髪系の若い女の子ですが、正直こいつらこそ「どこかに行って欲しい」と思ったのはわたしだけではないでしょうね。

エセ人権屋を遮断せよ!第4回「絶たれた夢」

【小猫の夢】
今日はどんな一日なのかニャ?
小猫はそんな思いを持ちながら今日も元気に生きていました。
昨日食べたおサカナ、おいしかったニャ。
今日もおサカナ落ちてないかニャ?
そう思い、ごみ箱の周辺を歩いていますが、今日はゴミの収集日ではないため、おサカナは落ちていませんでした。

落ちてないニャ。
残念ニャ。

とぼとぼと歩く小猫。
やっぱり人間と一緒じゃないと、我々ネコは辛いのニャ。

人間は不思議な生き物だ。
他の動物たちと違い、人間以外の犬や猫といった動物と一緒に過ごすという変わった習性を持ち、そして他の動物たちもそんな人間にめんどうを見てもらい、一緒に生活することをおかしいことと思わない。
人間って本当に不思議な生き物だ。

そんな小猫の前に、一人の人間、男が現れました。
その男は小猫を捕まえようと手をのばして来たではないですか。

うわ~!
この人間はわしを捕まえる気なのニャ。
恐ろしいニャ。
怖いニャ。

小猫は逃げようとしましたが、捕まってしまいました。
捕まったニャ~。

でも小猫はその人間が、自分の飼い主になってくれるのではないかという希望が生まれました。
そうニャ。
彼はきっとわしの飼い主になるのニャ。

猫にとって人間は、特別な存在だ。
それは自分の面倒を見てくれる親でもあり、自分とは違う行動をとるだらしのない子供だったり。
そして、自分と共に生きる友達だったり。

これから自分はこの飼い主とどんな生活が待っているのだろう?
そう小猫は夢見たに違いない。

ところが・・・。

この男は突然、自分のところにやって来て・・・。

その後は想像を絶する苦痛が待っていた。
身体を引き裂かれ、泣き叫ぶ自分の姿をこの男は笑いながらさらに苦痛を与え続けて来た。
しかもその模様をインターネット上での日本で一番人気のある国民的な(当然嫌みだ)掲示板上で、実況中継といいながら書き込みを続けた。

どうしてニャ。
どうしてわしはこんな報いを受けなくてはいけないのニャ?

わしが、わしがなにをしたというのニャ。
悪いことをしたというのなら謝るニャ。
だから、だから、許して欲しいニャ・・・。

そう小猫は苦痛と共に何度も叫び続けたことだろう。
しかし、その男は手を休めなかった。
さらに、さらに苦しい苦痛を小猫に与え続けた。

ああ、もうわしはこんな苦痛から逃れたいニャ。
そのために死ぬしか道はないニャ。

でも、でもその前にひとつだけ教えて欲しいニャ。
わしは、わしはなんのために生まれて来たのニャ。
誰か、誰でもいいから教えて欲しいニャ・・・。

小猫は自分が生まれたことを呪いながら死んでしまった。
そしてその側では、自分を苦しめ続けた男が、自分の苦しみながら死んでゆく姿を笑いながら見ていた。

その男、その男の名は「松原 潤」。
昭和50年生まれの26歳だ。

【突然の発行】

今回「松原 潤」が逮捕されたということを聞き、緊急のコラムを執筆しました。
事件については、以前執筆したコラム「弱者の強がり(http://page.freett.com/sleep_dead/COLUMN/0019.htm)」を見て頂くとわかりますが、とにかくこんなことを平気でやったこの「松原 潤」というクズは絶対に許せない。

書類送検で終わりそうなのを沢山の心ある人からの投書で逮捕に踏み切ったと聞き、まだまだこの国も捨てたものじゃないというのを実感できたのはとりあえずよかったです。

よかったが、凄いのは逮捕されたことに関してこのクズ「松原 潤」の親戚がテレビのインタビューで答えた「冗談でやったことで逮捕されたことに驚いた」というコメントだ。

冗談?
ははは、じゃあてめえの身体を切り裂いて最後に「わたしは人生の敗北者です」と書いたプラカードを首に下げ、そのまま首を吊ってぶっ殺してやるから、それでも同じコメント出来るんだな?
大丈夫、あんたが死ぬ間際に「冗談だよ~ん」という言葉をかけてやるからさ。
許してくれるんだろう?
なんせ冗談なんだからさ。

少年犯罪者の親もそうなのだが、被害者の苦しみをまったく理解せず、ほとんどが逮捕されたことについて「別にいいじゃないか」という思いを持ってやがる。

わかったからてめえも同じことされても文句いうなよ!

さて、実はこの「松原 潤」、父親は某小学校の教頭だそうだ。
いや~さっすがは明日を担う子供たちを指導する立場におられるおかたのご子息は違いますなあ。

現在この「松原 潤」のしたことを(当然)怒り、親の実家などで中傷ビラをまいている人達がいるという。
ダメですよ、そんなことをしたら。
いいですか。
「松原 潤」の実家は「福岡市東区松島2-11」で、最初の逮捕の後(書類送検)引っ越しをして「〒737-0903 広島県呉市焼山西3-3-5 」に移り住み、そこで逮捕されましたが、その近所に中傷ビラをばらまく等ということは絶対にしてはいけませんよ。

ましてやお父様はお偉い教頭先生様なのです。
間違っても学校の周辺で「小猫を殺害した松原 潤をかばう、お父様の松原教頭先生。息子への教育方針は、弱い小猫をいじめて殺すことで強者になること。大丈夫。万が一なにかあっても、このパパ~ンがまもってやるから安心しなさい」などという中傷ビラなど絶対にまいてはいけませんよ。

いいですか、もう一度いいますよ。
「松原 潤」の実家は「福岡市東区松島2-11」で、その後「〒737-0903 広島県呉市焼山西3-3-5 」に住んでいましたが、決してその周辺で中傷ビラをばらまいたり、ましてお父様のお勤めになられる小学校で・・・。

ああ、そうともさ。
俺も中傷ビラをまいて、社会的に苦しませてやりたいね。
残念ながら近くに住んでいないので実行に移せない自分がもどかしいが、近くに住んでいたら同じことをしていただろうさ。

なにが「冗談で逮捕」だ。
ふざけるな!
松原 潤をはじめとするお前ら一家は全員狂ってやがる。

小猫はどんな思いで死んでいったのだろう。
罪のない命を奪った松原 潤と、それをなんとも思っていないクズ一家。

お前らはいつまでも人々の奇異の目で見られて、そして苦しみ続けやがれ!
殺された小猫はもっともっと苦しんだんだ。

松原 潤とその一家を許す者などは存在しない。
死ぬまでてめえら苦しみ続けやがれ!

【祈り】

このコラムを執筆している間、ずっと涙が止まらなかった。
どうしてこんなことが出来るのか。
そしてそんなクズを許すことが出来るのか。
その神経がわからない。

小猫はどんな夢を持っていたのだろう?
その夢に対して、なにもしてあげれなかった。

俺はその悔しさで胸が張り裂けそうだ。

今回は緊急ということでこのコラムを執筆し、執筆しながら、思わず祈ってしまいました。
二度とこんなことが起きないように。
松原 潤とその一家を許さないという誓いのために。

そしてなんの罪もないのに苦しんで殺された小猫のために。

小猫は今、天国でどんな夢を見ているのだろう?
楽しくて、やさしい夢を、いっぱい、いっぱい見ているのだろうか?

2002/08/9 スリープデッド

エセ人権屋を遮断せよ!第3回「見えない被害者」

 うわ~!
 第2回目を発行してからもう一月以上もたってしまった!
 弁解するわけじゃないけど、色々あったんですよ。
 まず最初に執筆した原稿がイマイチなのでわざわざメルマガとして発行することもないとボツにしたり(HPにでもアップする予定)、なんといっても仕事。
 このメルマガの原稿で生活できているならともかく、そうではなく本業のある身として、残念ながら生きるために本業を優先しなくてはいけなく、ついつい遅れてしまいました。
 楽しみにして頂いているみなさん、本当にすみません!

 さて、もう数ヶ月も前の話になるが、ニュース番組「ニュースステーション」で、被害者遺族の特集があった。
 それは、ある25歳の引き篭もりの男が、世間に同情してもらおうとたまたま通りかかった50歳ぐらいの男性を殺害したというものだ。
 同情して欲しいという考えがまず理解に苦しむ。
 そんな頭しかない奴は一生引き篭もっていれば良かったんだ。
 そうすれば被害者は出ずに済んだのだから。
 遺族はこのクズに死刑を望んでいたが、予想通り「更生の可能性がある」として懲役10年(だった)を言い渡す、相変わらずの軽い刑だった(同情して欲しいと言ってるのだから死刑にしてやればよかったんだ。そうすれば死刑反対という人権屋さんが同情してくれたんだから)。

 遺族は「死刑にして欲しかったのに甘い判決で不服だ。そもそも死刑を言い渡す裁判官は危険人物として評価されるため、評価が落ちるのを恐れて死刑を言い渡さない傾向があるらしい」というようなコメントをされていた。

 もしこれが事実ならば実に恐ろしいことだ。
 だって裁判官は公平な裁判を行うのではなく、自分自身の評価のためなのだから。

 でも、評価というのはきれい事をいわない考えだと、わかるような気はする。
 誰だって評価を上げたいし、裁判官だろうがなんだろうが、評価が高くないと例え弱いものの味方になりたくてもなれないのだから。

 むしろ「死刑を言い渡すのが多い」=危険人物・評価を落とす

 その評価基準のほうが俺は恐ろしいね。
 俺の考えでは「死刑を言い渡すのが多い」=なんて素敵なんだろう
 だからさ。

 さて、この事件に関して遺族は、さらに苦しい追い討ちをかけられた。
 それは、「殺された父親の治療費の請求が病院からやってきた」ということだ。

 俺はこの話には本当に驚いた。
 被害者であるべき遺族が、意図して行ったわけでもないのに「治療費を支払わなくてはいけない」なんて、まるで品の悪い冗談以上のものなんだから。

 そしてその「遺族が治療費を支払う」という事実の部分は当然驚いたと同時に、今までそのことがまったく知られていなかったというのも驚いた。
 (誰も知らないからニュースステーションでも取り上げたのだし)
 遺族は被害を受けた身内の治療費を支払うのに、加害者は税金で養われるなんて、信じられるか?
 でも事実なんだよ。

 実はこういう、いざ被害者・遺族にならないと知ることのない現実というのはとてつもなく多い。

 あの山口母子殺人事件の遺族の旦那さんが、「月刊 正論(http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2000/ronbun/06-r3.html)」で語っておられた内容を見て頂くとわかるのだが、実に驚くことが多い。

 裁判の傍聴席はマスコミが優先で、遺族やその友人の席は後回しだなんて、今まで全然知らなかった。
 上で書いた「遺族が治療費を支払う」というものも含め、この世はこういう実際に被害にあわなければわからないことが闇に隠れすぎている。

 これはなぜなのだろう?

 事件の被害についてマスコミや世間があまりにも被害者に冷たいからに決まってるじゃないか!

 これは山口母子殺人事件の遺族の旦那さんが言っている言葉だが、自分の妻がクズに殺されず、肌を汚されただけだったらその傷を隠し通していましたと。

 俺はこの言葉を聞いて、悲しかった。
 だって、被害者は傷を背負ってしまうのに、加害者はなにも傷を背負わない。
 まさに「やったもん勝ち」な状況なわけなのだから。

 しかし山口母子殺人事件の遺族の旦那さんは今、加害者のクズ「福田孝行」を死刑にして欲しいと何度も訴えかけている。
 
 なぜなら自分の愛する者を身勝手な理由で奪ったクズがのうのうと生きていることに耐えられないからだ。

 福田孝行が行った犯行。
 それは水道(ガスだったかもしれん)の工事と偽り、同じアパートの住人である被害者の部屋に上がり込んだ。
 理由は、Hしたいから。
 ところが奥さんが抵抗したため「これではH出来ないと判断」。
 それではどうすればいいのか?
 「そうだ、殺しちゃえばおとなしくなるじゃないか」
 そう考えた福田孝行は、奥さんを絞殺!
 死んでしまい動かなくなった奥さんをHした。
 (そう、福田孝行は屍姦したのである!)
 すると、母親に近づいてきた赤ん坊を、うるさいといって床に叩き付け殺害!
 部屋にあった地域振興件を奪い、外に出てゲームソフトなどを購入し、部屋に笑いながら遊んでいやがった。

 これが福田孝行の犯した罪である。
 今ここに書いていても身体中が震えるほどの怒りが爆発する自分を押さえるのに必死になるようなことを、このクズ福田孝行はやりやがったわけだ。

 捕まった福田孝行は検察側から死刑を求刑されたが、「更生の余地がある」ということで無期懲役。
 検察側は(当然のことながら)控訴。
 現在も裁判は続いている。

 遺族の旦那さんは現実問題として毎日働かなくてはいけない。
 ところが仕事も手に付かないと言っている。
 事件後に比べて落ち着いては来たけど、やはり手に付かない。

 遺族だって立ち直らなくてはいけないんです!
 旦那さんはそう叫んでいた。

 遺族だからこそ言えるこの悲しみ。
 そして、遺族にならなければ言わなくてもよかった悲しみ。

 俺はひしひしと伝わってくるその悲しみに、どうしていいのかわからないぐらい悲しかった。

 この間日本テレビの「スーパーテレビ」で少年犯罪による遺族の方々の特集が組まれていた。
 この番組に限らず、最近少年犯罪被害者の方達の特集が組まれることが多くなってきた。

 俺はこの動きは絶対に続けるべきだと思っている。
 人間なんてなんだかんだいって自分が見てきたものしか信じないし、それが一番正しいと思っている(俺も含めて)。
 だから実際に被害者の悲しみなんか知らないし、どんな苦しみが待っているのかなんて考えもしない。

 そして今まではそういう被害者・遺族の叫びを無視して来た。
 しかし被害者はバカではない。
 叫び、訴え続ける権利があるのだ。

 数年前のミドリ十字・厚生省による「薬害エイズ」事件も、被害者が泣き寝入りを続けていたら誰も知らなかった事件だ。
 この間の外務省による北朝鮮の亡命者を突き返した事件も、もしあのVTRが公開されなかったら、どうなっていたのだろう?
 それぐらいこの世の中は被害者が叫ばない限り闇に葬られることが多いのには寒けがする。

 「滋賀県大津市」で起こった「障害者のくせに生意気だ」と言って殺害された少年のお母さんは、今このクズ共の行った罪を世間に公表するために、日夜努力し続けている(最近もニュースステーションにも出演されていましたね)。
 これだけのことをやったのに、わずか1年たらずで少年院を出てしまうことはおかしい。
 実はこの事件については加害者の親達から和解が申し込まれているが、遺族のお母さんはその和解に応じないという。
 それはなぜか?
 和解に応じれば、このクズ共が行った罪がそこで公表されずに止まってしまうからだ。
 たった一人の自分の命よりも大切な子供を自分勝手な理由で殺され、そしてその加害者連中はたったの1年程度で少年院から出たことで罪の償いが終わったことになっている。
 こんなふざけた話があるか?

 そして数年前に起こった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」。
 このとんでもない事件が起こったとき、俺は身体中が震え、人間はそこまで残酷になれるのかと思ったが、最近自分が想像していた以上にとんでもない事件だというのを知り、さらに驚いた。
 とてもじゃないが人間のすることではないからだ。
 そして驚いたのは、主犯が懲役20年をくらっただけで、後の5人は出所して今は普通の生活をしているということだ。
 それだけではない。
 この事件に係わったクズは100人はいたようだが、結局なんならかの罪に問われたのは6人程度で、それ以外の大部分のクズはなんのおとがめもなかったということだ。
 俺はこの事実に本当に驚いた。
 この事件をはじめて知ったとき、こいつら全員「死刑」になってると思っていたからだ。
 これだけのことをやった連中がこんな軽い罰則だけで終わり、そかもなんのおとがめにもなっていない者が大多数だという事実に我が目を・耳を・頭を・心を疑った。

 そう、なにもかも事実を知らない俺達は、いつまでたっても知らないままなのさ。

 そして事実を知ったとき、こう思うのさ。
 「知らなければ良かった」と。
 こんなひどくて信じがたいことを知りたくなかったと。

 被害者はどんな気分だったのだろう?
 子供も生まれ、愛する家族と共に暮らしていただけなのに、突然Hしたいというその身勝手な理由で殺害され。子供まで一緒に殺害されてしまったそのときを。

 無理やり監禁され、毎日毎日暴行を加えられ、クズ共の慰み者にされ、顔の原形のないほどの状態にもされ、それでもいつか助かると信じていたのに、最後には殺されてしまったときを。

 お金を借りさせられ、毎日熱湯をかけられ、肌がやけどで焼かれてもはや原形をとどめないぐらいただれ、最後にサラ金のCM曲を歌わされ、笑いながら殺害されたときを。

 お祝いにカラオケに連れて行ってくれると言われ、うきうき気分で出かけたら、「障害者のくせに生意気だ」と言われ、散々暴行を加えられて殺害されたそのときを。

 ただ彼氏とデートをしていただけなのに、アベックを襲撃するのが趣味のクズのために彼氏を殺害され、数人に散々犯されたあげく「売り飛ばそう」と言われ、面倒だからと最後に綱引きをしながら殺害されたそのときを。
 
 まだまだ書き足らないその苦しみ・怒り・悲しみ。
 これらを与えられてしなったそのとき。

 被害者でもなんでもない俺達には想像も出来ないそのとき。

 これらを聞くのは嫌な話だ。
 偉そうに言ってるが、俺だって聞きたくないさ。
 毎日笑いながら暮らしているのがどんな生物だって楽しいし、それが一番。
 それが当然だ。
 しかし、そうやって皆が皆、こういう被害者の話をうざい話、聞きたくない話として選んでしまったがため、現在のような「被害者はさらに苦しむ」世の中になってしまったのではないのか?

 俺は今回のコラムの冒頭で「仕事が忙しい」と書いた。
 そのためコラム・メルマガの執筆が遅れてしまったと。
 そんなに忙しいならこんな活動なんかしなくていいじゃないかと思うこともあるし、そう思う人だっているだろう。
 しかし、それではダメ。ダメなんだ。
 一人ひとりがそうやって黙ってしまってはダメなんだ。

 山口母子殺人事件の遺族の旦那さん・滋賀県大津市障害者殺人事件のお母さん。
 そしてその他多くの遺族のみなさんが、今立ち上がって世間に訴え続けている。
 俺達はその行動にエールを贈り、応援し続けなくてはいけない。
 これは遺族の方達だけの闘いじゃない。
 俺達生きるもの、クズへの怒りを持つもの全ての闘いなのだ。

 加害者は法律により国からの援助があるのに、遺族は被害者の治療費を払わなくてはいけないこと。
 裁判は遺族よりもマスコミを重視する傍聴席の割り振りをすること。
 字にすれば簡単な事件の細部が、どれほどひどく非人間的なことだったこと。

 すべて黙っていてはなにも進まないふざけたことばっかりだ。

 そのため遺族は必死の闘いを行うのだ。
 こういう遺族の行動に「もう終わったことなんだからやめるべき」だとか、「なんの権利があってそういうことをするのかわからん」という非難があるらしい。

 やれやれ、かわいそうに。
 この世には他人の言葉をまともに聞くこともできない困ったちゃんがいるんだね。
 
 被害者よりも加害者の人権を尊重するエセ人権屋さんへ質問:
 あなたの身体に付いている、目・耳・鼻・口、そして頭と心はなんのために付いているのですか?
 ただの飾りですか? インテリアですか?
 目・耳・鼻・口を使うこともせず、頭と心を動かす気もないなら捨てちゃえばいいと思うんですが、どうですか?

 そうやってみんなで全ての感覚を閉じて真実をみないから、いつまでたっても被害者が泣き寝入りするだけの世の中になっちまってるんだ。
 わかんないのか!

 テレビを見ても連日連夜、くだらない芸能人がどうしたこうしたとの報道合戦をしてるが、そんな暇があったらどれだけのクズのために被害者が泣き寝入りしているかを報道しろよ。

 この国はいつからか他人の痛みを「うざい話」とし、話すとバカにされるものになってしまった。
 ああそうさ、バカな話だよ。
 だけどね、みんなこれだけは覚えておくといい。
 被害者になれば今までバカにしていた話がバカにできなくなることを。
 それまでせいぜいバカにしておけばいいだろう。

 他人の痛みを無視し、バカにした代償はそのときに支払われる。
 そしてそのとき被害者になった貴方の痛みを、誰も知ろうとしない。
 それだけのことなんだからさ。

2002/07/28 スリープデッド

このメルマガに感想・応援のメールを頂きました。
なお、個人情報などが書き込まれていた場合、こちらで少々修正させて頂きますので、ご了承ください。

【第1回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
うちには猫が3匹いますので、あの事件(この間のネットでの猫虐殺中継)は本当に"人事”ではなかったですよ!

ウチは、完全室内飼いにしていますが、それでも猫のことだから何かの拍子に出てしまうとは限りません。だから、松原のような性格異常者が近所に住んでいたらと想像するだけで、とても恐ろしいです!
ですから賛否両論があるとはいえ、ネット上で犯人の顔写真と本名・現住所・出身地等を公表することには『賛成』です!!
私たち弱い立場の「一般市民」は自分で自分の事や、家族あるいはペットを守るしかないのです!
ペットに関しては残念ながら栃木の事件のように「器物損壊罪」しか適用されないし。
殺されたのが人間でさえ、犯人が未成年者であれば「女子高生コンクリート詰め殺人事件」のようにあんなに軽い刑で済んでしまうのが現実なんですよね!<`~´>

ネットで犯人の情報を流すことをもっともらしく非難している人たちは、犯人が自宅の隣に越してきても同じことが言えるのでしょうか?
もし自分にかわいい盛りの娘や孫がいても、凶悪犯の「人権擁護」を唱えるんでしょうか?

メルマガ読ませていただきました。もう読みながら、頷いてしまうことばかりでした!!

ほんとに、今の日本の法律は強いものの味方であり、被害者の人権より加害者の人権を守るためにある感がしますね・・・

あと殺された人の顔写真やプライベートが暴露されて、遺族まで嫌がらせを受けたり好奇の目に晒されたり・・・・・ひどいですよね!
それなのに、加害者の側はやけに守られているような気がします。
これでは、未成年者の犯罪は増える一方だし、成人していたって「精神異常」を装えば何をしたって「無罪」だなんてバカが出てくるかもしれません。

「新潟の少女監禁事件」の犯人の母親・・・・・当然の報いだと私も思います。
バカ息子が、将来あるひとりの少女の心に一生消えない傷を付けてしまったこと、自分も親でありながら、行方不明になった娘を心配し嘆き悲しむご両親の気持ちを考えることが出来ないバカ親であったこと・・・・・残りの余生で償うべきだと思います。

次の「メルマガ」期待してます!私のつたない意見でよろしかったら、どうぞ(^^)

【こちらからのお返事】******************************************

自分の周りで平気で動物を殺し、他人の痛みを理解できないクズがやって来たら。
考えただけでも恐ろしいことです。
そのためにこういうクズの情報を閲覧できるようなシステムは同感です。
「人権侵害だ!」と叫んでいる人は、人権の意味がわかってないんでしょうね。
誰だって被害に遭いたくないし、被害に遭わない権利を持っている。
その権利は誰にも奪う権利はない。

海外では悪質な性犯罪者などにこういう「情報を提供させる義務」を科してますが、相変わらず我が国は犯罪者に甘いですからねえ。

それともひょっとしたら、反対してる人って自分がその「閲覧される側」になるのが嫌で反対してるとか?(笑)

【第2回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------

申し訳ない。
グレン・フィディックを少々呑みすぎて、ちょっと・・・酩酊気味だ。

初めてメールします。
結論から述べさせて頂けるのならば、俺は・・・

インターネット上においては、「あたし」で統一している筈なのだけれども、
今回は、興奮気味なので「俺」をつかわさせてもらう・・・

俺は、猛烈に感動してしまった。
本当に感動してしまった。

何故?
何故!
何故、本当の人権がまかり通らないノ?
俺の素朴な疑問に対して、大人達は答えをはぐらかし続けていた。

俺自身、大人に成ってしまい、もしかしたら子供達からそんな質問をされて
しまったら、俺は如何答えたら良いのだろうかと悩んでいた。

貴方から届いたメールで、彼らに説く答えは決まった。
「そう感じたら、迷わず戦え!」

俺自身が、虐めの被害者だったから、子供たちにはこう言いつけていた。

「お前らが、虐めにあったなら、迷わず俺に言え。
何を措いても、お前らを助ける。
絶対にお前らを、助けてあげる。
けれども、お前らが虐めをしていると知ったなら、理由が如何であれ、
俺はお前らを絶対許さない。
(俺に)殺されたとしても、文句は言わせない。」

嫁さんは、「言いすぎだ」と俺を罵詈雑言を持って、詰った(ツメヨッタ)ョ。
そう・・・
彼女は苛められた経験を持っていなかっただけでは無く、苛める立場に在る
と言う経験を持っていたからなんだ・・・なぁ。

長男が、苛めに在ったと言うチャンスのお陰で、その考えを少々軌道修正
したようだけれども、未だに、
「苛められる奴には、原因があるはずだ」
と言う考えを捨て切れていない。

そんな現実に生きている中で、貴方のMMは、物凄いインパクトと感動を
俺に与えてくれた。
凄く、嬉しかった。

苛めの被害の真っ只中に居る人間の最大の不幸は、誰もその現状を理解して
くれない事。
だから、彼ら(彼女ら)は自殺を考える。
なのに、誰もそれを理解してくれない。

惨めだ。
悲しすぎる。

俺が、彼ら(彼女ら)を助けてあげることは、到底無理な事だとは思う。
でも、何とか力には成ってあげたい。

その為にも、貴方に頑張ってもらいたいと言う・・・
些か他力本願なところも有るのだが・・・そう思う。

と同時に、子供達に言い続けけてきた事は間違いでは無かったと、確信が
持てた。

俺、頑張るョ。
子供達を、自殺なんて馬鹿な理由で失いたくないから・・・ネ。
俺、頑張るョ。
子供達を、糞ッたれな大人どもの予定調和の被害者にしたくないから・・・ネ。

グレン・フィディックを呑みすぎて、酩酊気味な上での乱筆乱文を許して欲しい。
ただ・・・
貴方の文章に、先見の明と、微かな希望を見た感動を・・・
どうしても伝えたかったのだ。

貴方のMMを、あたしの知っている限りの子供を持つ親達に知らせよう。
勿論、彼ら(彼女ら)は俺や貴方と同じ考えを持っているとは言い難い。
が・・・

自分の子供達に、惨めな最後を望んではいないとは思う。
だから・・・
きっと、通じると思う。
自分の(最愛な)子供達が、糞にも成らない馬鹿どもの歯牙にかかる可能性があると言
う事が・・・

酔っぱらて居て、本当にご免。
でも・・・
本当に感動してしまったんだ。

ありがとう。

本当に、ありがとう。

【こちらからのお返事】******************************************

こちらが照れてしまうほどのお褒めの言葉、ありがとうございます。
他力本願だなんて、全然ないですよ。
こういうことは、わたしのように子供もいず、自由な者に任せてください。
子供が苦しむ姿は本当にみたくありません。
お互いいじめを平気で行う神経が麻痺したガキのために、大切な子供を失わないよう頑張りましょうね。

【第2回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------

メルマガ第2回「真実の死者」読ませていただきました。今回は「イジメ」という太古か
らあった内容ゆえ、いろいろ考えさせられました。

イジメ、これは人間がいるところどこにでも存在するものですね。今に始まったことでは
なく大昔から、学校に限らず社会でも家庭内でさえも存在していました。「嫁イビリ」
「継子イジメ」「本妻の妾イビリ」なんかその代表例です(ーー;)

「苛められている側にも原因がある」って、よく聞く言葉ですね。最近は会社の社員教育
なんかでもよく耳にしますよ。私が行ったあるセミナーの講師は、「自分は小学生の頃、
家が貧乏で学校でイジメに遭っていた。しかしある日、イジメに遭っているのは全て自分
に責任があるんだと気がついてから、努力してここまで成功した」と話していました。そ
りゃあ、不幸な境遇をバネにして、人並み以上の努力をしたその意志の強さ、実行力は尊
敬します。しかし・・・自分に出来たからって、他人は自分と同じじゃあない、世の中に
は押しつぶされてしまう弱い人のほうが多いんだ、ってことをこの先生はわかっていな
い。大体"成功者”ってそうなんだけど。だから勝ち組になれるのだけれどね。

もし、自分の子どもが学校で苛められて不登校になっても、こうのたまうんだろうか?
「イジメに遭うのはお前に全て原因がある。苛められないように学校でしっかり頑張って
来い!もっと努力しなさい!!」って・・・・・

私は、イジメについては「苛める側」に問題があると思います。イジメをする人間という
のは、まず”家庭的に幸せ(だと思っていない)でなく、自分の人生を後悔し、自分の能力
や性格にコンプレックスを持ち、他人の成功や幸せを素直に喜べず、他人の不幸にほくそ
えむ、ネガティブなパワーを持った”人種です。あの美輪明宏さんの言うところの『魔界
人』です。その『魔界人』を親に持った子どもがイジメに走りやすいのでは?と思いま
す。ジコ中の魔界人が親では、子どもも不幸ですからね。その不幸な子どもが、外で他人
を苛めるのです。自分より弱い人間、下の人間(暴力で征服できる)がいることで、かろう
じて自尊心を保っているのでしょう。全く気の毒な人達です(~_~;)

とはいえ、私は「復讐」には反対です。だって、そんなくだらない人種に復讐するなんて
「時間の無駄」ですよ!わざわざ傷害事件や殺人事件を起こして自分の手を汚さずとも、
そんな輩はこの先の人生で必ず「しっぺ返し」を受けますよ。「天に向かって吐いた唾が
自分の顔に降りかかる」(これも美輪さんの言葉です)だけのことです。

むしろ、家庭の在り方を考えるべきだと思います。親は自分の子どもにもっと関心を持っ
て欲しいです。学校で苛められているかどうか、普段から注意していれば必ずSOSのサ
インを見抜けると思うのです。そして、我が子を何が何でも守って欲しい。世間体より自
分の子どもを大事にしてもらいたい。今や、学校なんて当てになりません。校長も教頭も
教職員も"サラリーマン”化してしまって自分の身が一番大切ですから、子どもを守って
はくれません。愛する我が子を守れるのは親だけなんですよ!学校だけが全てではありま
せん。人生の選択肢はいくつもあります。でも子どもは「学校」と「家庭」という狭い世
界しか知らないのです。だから追い詰められてしまうのです。"自分にはこんなに愛して
くれる、信頼してくれる親がいる””自分にはいつでも帰れる家がある”こんな安心感
が、子どもを救うのだと思います。

次回のメルマガ、楽しみにしています!(^_^)v

【こちらからのお返事】******************************************

もはや今の(昔も)学校なんかは、全く当てになりません。
教師はただのサラリーマンにすぎず、子供を教えているという自覚すらない者もいるようでは、もうなにも期待できないでしょう。
自分の子供は自分、親しかまもれない。
「学校に行かなくてもいいよ」と言ってあがれる親が増えることに、期待したいですね。

【第1回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------

最近、変に頭のいい(ずる賢い)人間が多くなりすぎているような気がします。
自分本位な言動や行動ばかりをしている人・・・多いですよね。
#本当に、正直者が馬鹿をみる時代とでも言うのでしょうか。
こんな世の中に嫌気をさす事もありますが、少しでも良い世の中にしてくれそうな、
スリープデッドさんのHP、良いと思います。がんばってくださいね。

ではでは。

【こちらからのお返事】******************************************

「捕まらなければなにをやってもいい」と思ってる者が多いようです。
今日も新聞を読んでいたら、違法な画像をネットで流していて捕まった男が「捕まるとは思っていなかった」と発言していました。
この間のネットで猫を虐待したクズ松原潤も同じように「捕まらねえよ」とバカにした書き込みをしていました。
いじめを行う連中も、それが罪にならない、捕まらないと思っているわけで、こういう連中をバシバシ捕まえ、社会の厳しさを教えてやるべきでしょうね。

【第2回目のメルマガに頂いたメール】------------------------------------
(「>」はわたしがお送りしたメールです)

>特に最近はただ殺すことを楽しむためだけの犯罪が多い
>わけで、そんな加害者の人権を尊重し、被害者の人権を
>軽視する考えには疑問だらけです。
そうですね。
この場合、加害者の人権を一切無視・・・ということもできるかもしれませんが、
苦悩の選択の末及んだ犯罪とは違いますよね。
加害者の本心によって変わる罰が下される、そんなことができるようになれば・・・

なんて思いますね。

>それにしても中学3年生ですか。
>お若いですね(^_^)。
>少年法の問題や未成年者の犯罪を多く取り上げるメルマ
>ガになりますが、現在その年齢にいらっしゃるその目で
>見たご意見などを頂けますと、とてもうれしいです(^
>_^)。
ありがとうございます。
中3といっても結構同じ考えをもっていて、友達に薦められたので(^^
意見はこれからガンガン送っていきたいと思っていますw
がんばってください!

【こちらからのお返事】******************************************

変な言い方ですが、仕方のない犯罪もあると思うんですよ。
ところがどう考えても、己の欲で行った身勝手な犯罪にまでやさしい手を差し伸べている現在の状況は、おかしいとしか言い様がないです。

それでは、これからもお若い眼で見たご意見をどんどん送ってやってくださいね。

エセ人権屋を遮断せよ!第2回「真実の死者」

この間、実にめでたいこんな出来事があった。

とある男子中学生が、自分をいつもいじめていた同級生の男子中学生を所持していたナイフで登校中に刺し、重症をおわせたという事件だ。

俺はこの事件を聞いたとき、笑いが止まらなかったね。
「やったじゃないか! 君は英雄だ!」と叫んだね。

まあ、なんてことかしら。あなた何様のつもりなの?
ナイフでの殺傷事件に対してそんなふざけた発言が出来るなんて、信じられませんわ。

と、エセ人権屋はほざくだろう。
そうほざくためにエセ人権屋はいるのだし(笑)。
だがエセ人権屋がなんと言おうと、いじめをやっててもなんとも思わないクズが痛い目したこの出来事を笑わずにおけるか。
そう言いたいね。

いじめを苦に自殺。
そういう報道が何度繰り返されたことだろう。
どうして、どうして死んでしまったんだ。
まだまだ若いその命を、こんなくだらないクズのために終わらせてしまったんだ。

そう何度も心の中で繰り返し、もう取り返すことのないその被害者の無念をつぶやいて悲しい気分になってしまう。

いじめ。
それは人間の醜さ、汚さ、間抜けさといった部分を凝縮した、最低最悪の行為。

自分より弱いものの尊厳、生きる力すべてを奪い去り、それを行うことに寄り優越感を得る行為。
しかもいじめを行うのは必ず集団だ。
集団で強くなった(と思ってる)連中が、一人の弱いものを叩いて喜ぶクズの考え。

俺はHPのトップページにも記載してるが、いじめというのがこの世でヘドが出るほどむかつく。

そのいじめのために自殺してしまう子供。
しかも犯罪にもならないという考え方のため、自殺した子供はただ自殺したというだけで終わってしまうことがものすごく多い。
殺人などは(軽いとはいえ)それなりの罰則になるが、いくらいじめが原因とはいえ自殺という部分だけが取りざたされ、いじめていた連中はなんの罪にもならない。

こんなふざけたことが理解できるか?
いいや、理解できるはずはない。

世間ではどうも、いじめは「子供同士の喧嘩」としか思わない人達が多いらしい。
あのさ、一人の弱いものを集団で馬鹿にし、集団で暴力を振るう行為のどこが喧嘩なんだ?
喧嘩だと思うその考えは現実を見ていないなによりの証拠じゃないのか?

数年前に起きたとある男子中学生のいじめによる自殺の事件を覚えているだろうか?
まあ同じような事件が多すぎてすぐには思い出せないだろうが、同級生から何度も金を巻き上げられていたという事件だ。
何度も何度も暴力を受け、そして金を巻き上げられる毎日。
そのため彼はついに自殺を決意し、そしてそれを実行してしまった。

彼の死後、次々と浮かび上がった事実。
同級生によるいじめの恐喝。
こういう最低なクズな部分は当然浮かび上がった。

そして、それ以外の部分。
それは、彼のあまりにも人のいい部分だった。

お金を請求された彼は、母親のお金を持ちだしていた。
だが、それは彼には気が引けたのだろう。
借用書を作り、そこに「○○円借りました。ごめんなさい。でも必ず返します」と書いてあった。
その○○円の部分は何度も書き直され、恐喝が何度も繰り返されているのを物語っていた。
彼は親のお金をくすねることは出来ないから、借りるというかたちにしたかったのだろう。
黙っていればわからないことなのに、真面目で人のいい彼にはそれは出来なかった。

そして彼の遺書が見つかった。
そこには「みんなみんなごめんなさい。いじめを止めるために僕は死にます。本当はもっと早く死ぬつもりでしたが、おばあちゃんが正月にお年玉をくれたり、周りのみんなが親切にしてくれたから死ねませんでした」という内容の遺書だった。

俺はこの遺書を見て大泣きしてしまった。
だってそうだろ。
本当はもっと早く死ぬつもりだったけど、周りのみんなが親切だったから死ねなかったなんて、普通思わないよ。
それは彼がとてもやさしく思いやりがあるから、周りの人の親切に応えるため生きていたということなんだから。

俺はこの遺書を読んだ(そして今も)瞬間、殺意を覚えたね、
彼をいじめ抜いて死に追いやった奴等に殺意を覚えたね。

遺書には当然彼をいじめていたクズのことも書いてあり、奴等の最低な行為は暴露された。
だが、なにも解決しなかった。
いじめは「子供同士の喧嘩」らしいからだ。

実はこの事件にはさらにむかつく後日談がある。
いや、記憶違いでこの事件とは違う事件の後日談かもしれないが、俺の覚えている記憶から引っ張り出すと、以下のようなことだ。

それはとある小学校(中学校かもしれない)でのこと。
あるいじめを受けていた男子生徒がいるのだが、その彼がなんと言われていじめられていたか。
それは、あだ名が上で書いた自殺した男子生徒の名前だったのだ!
周りのクソガキは自殺した男子生徒の名前を笑いものにし、そしてその名前を自分たちがいじめている同級生に付けて遊んでいやがったんだ!

俺はこの話を聞いたとき、こんなクズは全員死んじゃえばいいんだ!
そう思ったね。

実はガキの間では、いじめは遊びのひとつになってやがる。
だから自殺した生徒の名前を自分たちがいじめている生徒に付けることだって出来るんだ。
普通ならいじめによる自殺をした子供の名前をそんなことに使えるか?
使えないはずだ。
だが、いじめが遊びの延長なら付けることはできる。
他人が嫌がること=最高のいじめ(遊び)なんだからさ。

エセ人権屋はいじめをやるのはいじめられている側にも責任があるという。
なるほど、それもあるかもしれねえよ。
だがな、その言葉がどれほどいじめをしている奴等を元気づけ、そしていじめられている側を落胆させる言葉か、考えて言ってるんだろうな?

自殺した子供の名前を茶化し、それをいじめている生徒のあだ名にしてみんなで馬鹿にするなんて、そんなの人間としての考え方か!!

俺は以前執筆したコラム「http://page.freett.com/sleep_dead/COLUMN/0001.htm」でも書いたけどさ、いじめたい側はいじめる理由を色々言いやがるけどさ、そんなのほとんど言いがかり以外のなにものでもないぜ。
単に言いがかりをつけていじめる正当な理由にしてるだけじゃないか!

しかも仮に理由があったとしてもだ、その理由を盾に集団でいじめるというのは正しい行為か?
そしてそのために自殺する子供がいることに関してはどう思うんだ?
まさか「子供の喧嘩程度で死ぬなんて」なんて思ってるのか?
子供の喧嘩程度で、自殺する奴なんているか!
毎日生きているのが耐えられないぐらい苦痛だから自殺するんだろうが!
いい加減気づけよ!

この間駅の前を通りかかったら、いかにも「俺達・私達えらいの、すごいでしょ」というクズな連中が集団でタバコをプカプカさせていきがってやがった。
しかも揃いも揃って白髪のツンツンだから、どれもが同キャラ(笑)に見えるクズな外見をしくさりやがってさ。
まあ外見はいいや。そのみながみな同じ外見をしてくれているお陰で誰がクズなのかすぐにわかるんだからさ(笑)。

で、この連中がまあ、いかにも自分たちは偉いとばかりに周りのみんなににらみをきかせてやがんの。
もう笑っちゃった。
なんにもすることがないのね。かわいそうに。
ま、頑張ってクズはクズらしい一生を送ってねと、エールを送っちまったよ(笑)。

しかしこのクズは絶対に許せない。
なぜならこいつら、絶対にいじめを行っているからだ。

そう思うと怒りが爆発し、怒りながら歩いていると、目の前で自転車が止まった。
俺とぶつかりそうになったから止まったのだけど、見ると高校生ぐらいの女の子だった。
その子は「すいません」といってその場を走り去っていった。
別にぶつかったわけでもないし、ひょっとしたら俺が変な歩き方をしたからぶつかりそうになったかもしれないのに、この子は丁寧に詫びを言ってくれた。

世の中は本当はこういう子ばっかりなんだよ。
そしてこういう子をまもるべきなはずだ。

ところが少年法は、こういう子ではなく、集団でタバコを吹かしながら人を見下しているクズ連中ばかりまもりやがる。
反対だろうが!

周りが自分をまもってくれないのなら、これはもう自衛するしかない。
冒頭であげた男子中学生は、自分をいじめていたクズを刺した。
実にいい自衛だし、その勇気には拍手喝采!
そして俺はこの言葉を捧げたい。
「君こそ英雄だ!」

ただ残念なのは、刺されたクズは重体になったこと。
惜しいね、ちゃんと殺さなかったなんてさ。

俺の考えは不謹慎だろうか?
俺の考えは子供を苦しめるだけだろうか?

他人になんと言われようとも、俺は自分の考えを広めたい。
だってそうだろ。
これ以上いじめによる自殺者は見たくないんだから。
今いじめに悩んでいる全国の少年少女。
いじめを楽しんでいるクズなんか刺しちゃえ。
殺しちゃえ!

きみ達が苦しむ必要なんかどこにもないぞ。
いじめを楽しんでいる連中は、自分は絶対に痛い目にあわない。
いじめにあわないと思ってやがる。
だから他人の痛みを理解できないんだ。

それならば教えてやろうぜ。
他人の痛みを。自分たちの苦しみを。

だけど気をつけろ。
面と向かっても返り討ちにあうかもしれない。
ひっそりとばれないように背後から近づき、一気に刺してしまえ!

いじめに悩んでいる子供の自殺なんてもう見たくない。
いじめを楽しんでいやがった野郎がのうのうと生きて、そしてなんの苦しみも背負わないなんて絶対におかしい。

いじめを楽しむ野郎が言いがかりを付けていじめを楽しむのなら、こっちはいじめられていたことを理由に刺し殺してしまえ!

なあに、大丈夫さ。
そうなってもこの日本という国はまもってくださるし、心やさしい人権屋さん達がまもってくれる。
被害者よりも加害者を尊重するこのお国さ。
いじめの被害者から、人を刺した加害者になった君たちを、暖かくみまもってくれるよ。

そうですよね、人権屋さん。
そのために少年法というありがたい法律がありますもんね。

あれ? 俺なんか悪いこといったかな?(笑)

いじめられている子供が自殺する話なんてもう聞きたくない。
いじめを楽しむ奴等も、いつ自分が殺されるかもしれないという恐怖の中に生きればいいんだ!

2002/06/23 スリープデッド

このメルマガに感想・応援のメールを頂きました。

【楽しみにしています!】----------------------------------------------
松原潤が仔猫の虐殺を行った、その映像を私は実際見たわけではありません(モザイク画像とイラスト&解説で十分想像できます・・・)。
しかし、インターネットという小学生でも簡単に見れる方法で「虐殺の実況中継」を
世界に流すなどということは許されるべきことではありません。犯人を突き止めたこ
とに関しては、福岡県警を評価しますが、"書類送検#で終わってしまったことは非常
に残念でなりません。
また、26歳にもなって"無職#で猫を家に連れ込んで"虐待・虐殺#を繰り返している息
子を容認(いいトシしたバカ息子を養い、いいなりになっている)している親も親だと
思います。よく「成人しているなら親は関係ない」と言いますが、それならいつまで
もパラサイトさせていないで"自活#させるべきですよ。新潟の少女監禁事件の犯人も
確か"パラサイト無職独身男#でしたね・・・松原も将来そうならなければ良いのだけ
れど・・・・・(寒)
メルマガ頑張ってくださいね!!

【こちらからのお返事】******************************************
なんと、発行される前に送って頂きました。
ありがとうございます。
このコラム「http://page.freett.com/sleep_dead/COLUMN/0019.htm」を執筆しましたが、動物虐殺を行うものは、自分が力のある強者だとでも思っているんでしょう。
そして軽い罪に終わるから、ちょっとした暇つぶしで終われると。
この国はこういう「勘違い強者」にものすごく甘く、そして野放しにしているために現在のような荒れた状態になってることが理解出来ないようです。
ただの書類送検で終わるのなら、なんの歯止めにもならないです。

虐殺された小猫のことを思うと、もう心が痛いです。
どれほど苦しかったことか。
今回のコラムにもあげましたが、他のものの痛みがわからないものには、それ相応の罰を与えるべきです。
人間の場合は刺し殺すことも出来ますが、小猫ならそういうわけにはいかない。
だから法的な重い罰則を与えるべきだし、我々のような者たちによってこういう動物虐殺を喜んでやるクズ連中を叩く必要があるでしょう。

小猫はどんな思いで痛みに耐え、そして死んでしまったか。
その痛みを、クズ松原にも与えてやりたいです。

【はじめまして!】----------------------------------------------------
本文:「危険!奴がここにいます」のHPでこのメルマガを知りました。
以前からわたしも思っていた事を言ってくれていて、とてもうれしいかったです。
少年だから、重い罪にもならず、顔も名前も公開されないなんて・・・被害者の身に
なれば、そんなことゆるされないのに・・・
メルマガ楽しみにしています。
がんばって続けてください。応援しています。

【こちらからのお返事】******************************************
第一回のメルマガを送信し、すぐに感想のメールを頂きました。
ありがとうございます。
少年法に関しては本当におかしいところだらけで、なぜ誰も廃止しようという動きを見せないのかが理解できないです。
おそらく、わけのわからない力でも働いているんでしょう。
被害者の人達の言葉を聞くたびに、言い様のない怒りと悲しみで涙が出ます。
そんな被害者が少しでも減ることが出来ればと、行動したのがこのメルマガですが、HPよりも反響があって驚いています。
今はHPよりもメルマガなんでしょうか?
ただ、少年法も必要といえば必要なんですよ。
今回のコラムのように、いじめられていた子供がいじめていたクズを刺したようなケースでは利用するべきですから。
問題なのは、どんなケースでも少年法を適応してしまうことです。
笑いながら遊びで殺したような連中に適応するなんて、おかしい以前に異常です。

応援ありがとうございます。
反響がある限り永遠に続けますので、よろしくお願いします。
(ただ本当はこんなメルマガがあるというのは、それだけ嫌なことが多いということでもあるのですが・・・)

今回は創刊まもなく頂いたお二人のご意見を掲載させて頂きました。

エセ人権屋を遮断せよ!第一回「もうひとつの加害者」

どうもはじめまして!
過激なタイトルのメルマガですが、どうぞよろしくお願いします。

さて、タイトルにもなっている「エセ人権屋」ですが、一体なにを「エセ人権屋」と呼ぶのか。
この部分について今回は執筆したいと思います。

まず「エセ人権屋」というネーミングについては、知る人ぞ知る「少年法で守られた未成年犯罪者の実名・顔写真」を上げていた某有名ページに書かれていたネーミングから頂いております。
残念ながらこのページは例の「山形マット死事件」の民事での「事件性は感じない」という(クソ)判決による圧力により閉鎖されたとの噂があるため現在は見ることは出来ませんが、わたしはそこに書かれていたエセ人権屋という言葉こそ、現在のこの国における状況を表しているのではないかと思い、このメルマガのタイトルに使用してみました。

さて、「エセ人権屋」とは一体なんなのかの話をする前に、そもそもの「人権屋」とはなんなのかの話をしてみましょう。
まずこの「人権屋」さん達の主張は、「どんな人間も平等なのだから差別してはいけない」というのが根底に流れているようで、その部分に関してはわたしも否定はしないです。
世の中には色々な人がいる。過ちを犯す人もいるだろう。
しかし、それらの人は特別なものではなく、いつ自分もなるかもしれない。
だから差別してはいけない。

だが、どう考えても他人の一生を奪った野郎にもその主張を当てはめているのは、なぜなのだろう?
「人権屋」が特に主張する「死刑制度の廃止」、そして俺が特に怒っている「少年法の厳守」についてだが、まず以下を見て欲しい。

1・・・誘拐し、何度もやりまくり、そして飽きたため全員で殴る蹴る、痛めつけたあげく、顔面が腫れまくり顔の原形がなくなった女子高生に重いバーベルを落とし、死んだためコンクリートに詰めて地面に埋めた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」

2・・・一人の気弱な19歳の男性を集団で熱湯をかけ、火炎放射器で身体中を焼き、そのうえ自分たちの遊ぶための金を借りさせ、最後には殺害した「栃木リンチ殺害事件」

3・・・噴水にあつまるため噴水族と呼ばれていた数人の男女。アベックを襲撃して金品を巻き上げるのが趣味なこいつらは、一台の車に乗っていた男女を襲撃し男を殺し、腰を抜かした19歳の女性を5人
でやりまくり、売り飛ばそうと考えるが、殺したほうが楽だということで全員で綱引きをするように首を絞め、遊びながら殺した「名古屋アベック殺害事件」

4・・・中学一年生の女生徒を数十人(!)でやりまくり、数年も地獄のような日々を送らせていた「旭川女子中学生校内集団レイプ事件」

5・・・女子短大生2人がいじめていた一人の女生徒に売春を強要。数人にやらさせ、その儲けは自分たちが盗っていたという「山形女性短大生売春強要事件」

6・・・やりたいという目的で部屋に侵入したが、騒がれたので女性を殺害。母親に近づいてきた生後まもない赤ん坊をうるさいといって床に叩き付け殺害した「山口母子殺害事件」

7・・・障害者のくせに生意気だといい、障害を持っている高校生を集団でリンチし、そして殺害した「障害者リンチ殺人事件」

まだまだ書き足らないが、全部「実際にあった事件」なんだぜ。
そしてそのいずれもが、「少年法」という法律が存在するため、軽い罰則、いや罰則すらなっていないという事実。

そしてこういった「少年法」(に限らず)を非難すると、常に出てくる存在。
それが、「人権屋」だ。

犯人がかわいそう。加害者がかわいそう。少年がかわいそう。
人の命は地球よりも重い。その命を大切にしたい。
まだ幼い少年に罰則を与えるのはおかしい。
未来ある若者なのだからみんなで見守ってあげるべきだ。

という、主張らしい。
まったくふざけんじゃねえよ。
じゃあなにか。死んでしまった、一生を傷つけられた被害者はどうなるんだ?
なに、一番苦しいのは加害者で、加害者は刑務所・少年院で毎日苦しい生活をしているだと?

そんなのあったりめえじゃねえか!!

誰のために被害にあった!
誰のために死んでしまった!
誰のために一生残る傷を背負った!

みんな加害者のクズのためじゃねえか!
それに対して「加害者が苦しんでいる?」
まだまだ苦しみ足りんわ!

もうここまで言うとおわかりになると思うが、つまり世間でいう「人権屋」とは、身勝手な理由で被害者を出した張本人「加害者」をまもるために存在している連中なのだ。

弱い存在である「被害者」ではなく、自分で勝手に「加害者」になったクズばっかりをかばう「人権屋」。
人権というのはどんな人間にも関係なく存在するはずなのに、実際には「加害者」ばっかりに尊重されている。
そう、ここまで言えばわかるだろうが、世間でいう「人権屋」とは、実は被害者に対しては冷たく、加害者ばっかりを支援する連中のことで、真の意味での「人権屋」ではないのだ。
本当の「人権屋」なら(当然のことなのだが)被害者への思いやりも持っているはずなんだからさ。
この国はこういう、クズな「エセ人権屋」がのさばり、いつまでたっても被害者が弱いままというふざけた国に成り下がってしまっている。

まあ初っぱなから事細かく語るのもなんなので、次回からはさらに徹底したコラムをお届けしたいと思うので、楽しみにしておいてください。

被害者はなんのために生まれたのか?
なぜ被害者は被害者なのか?

被害者は被害者となった時点で、さらに被害者になってしまう。
「人権屋」たちによって、さらに被害者にさせられてしまう。
「人権屋」と名のる連中は、その現実をちゃんと見つめるんだね。

そんなに被害者をいじめて楽しいのですか?

2002/06/09 スリープデッド

弱者の強がり

 「小猫を捕まえた」。
 インターネット上で国内を代表する某巨大掲示板(名前を書かないのはわかる人にはわかるだろうし、あえてここで宣伝してやる義理はないからな)に、その書き込みが突然あった。
 その書き込みの主は「ディルレヴァンガー」と名乗り「小猫を虐待する」と宣言。
 すると同時に、次々とそれを応援する書き込みが行われた。
 「耳を切れ!」「尻尾を切れ!」
 次々と目を覆いたくなる書き込みの連続。
 そしてその書き込みの張本人、ディルレヴァンガーは数々の書き込みに応えるように実行し、その実行の一部始終を写真に収め、それをネット上にまるで実況中継さながらにアップした。
 ネット上で表示される小猫の虐待写真。
 それを後押しするかのように書き込まれる応援(もちろん否定もあったが)。
 最後にはその小猫の首を切り落とされた写真がアップされた。

 これはこの間実際に起こった事件だ。
 さすがにそのひどさゆえ警察に捜査を依頼するメールが急増。
 犯人が潜伏していると思われる福岡県警が捜査に乗り出すという自体に発展。
 先日、福岡市東区の無職男(26)は、福岡地検に書類送検された。
 その男は「目立ちたかったので公開したが、これほど反響があると思わなかった。全国のみなさんに申し訳ない」と話しているという。

 目立ちたかった?
 申し訳ない?

 ・・・ふざけんなよてめえ!
 謝ってすむ問題か!!

 虐待された小猫は、痛みと恐怖でどれほどの気持ちだったか、考えたことがあるのか!
 俺はこいつの話を聞いて、自分自身が嫌になった。
 こいつと同じ人間だということがだ。
 「全国のみなさんに申し訳ない」だ?
 捕まったからそう言うだけで、もし捕まってなかったら反省も謝罪もなかっただろうな。
 まったく、強いものには頭を下げるが、弱いものにはなにをしてもいいと思う、弱いものいじめ大好きな奴だぜ。

 最近動物虐待がものすごい勢いで急増している。
 しかもその理由が「ムシャクシャしたから」「なにもかもうまくいかないでイライラしてたから」という、実に自分勝手な理由でだ。
 今回の件も、「目立ちたい」という、くだらない理由でだ。

 我が国日本は、弱いものいじめ大好きな連中がしのぎを削って生きている最低な国民性を持っている。
 学校内のいじめを例にあげるまでもなく、強いものー>弱いものー>さらに弱いものー>さらにさらに弱いものー>以下無限に繰り返される状況が存在している。
 そして自分より弱い人間がいないものは、人間よりも弱い生物、小猫や子犬にぶつかる。
 しかも人間なら犯罪だが、動物なら犯罪にならないという考え方の助けも借りて、なにをしてもいいと思っている。
 今回の件でも書類送検止まりだ。
 なんの罪もない動物にひどい虐待を平然と行う野郎なんかに、存在価値なんかあるか!
 とんでもない重い刑にしても誰も文句言わないぜ!

 ところでこういう話をすると、決まってでるのが「それならお前は牛・豚・鳥といった生物を殺して食べないんだな」という、話をしてくる輩がいる。
 あのね、そういうのはへ理屈って言うんだよ。

 この無職男(26)は生きていても仕方がないクズ野郎だというのは誰にでもわかるが(それより本名と住所が公開されないのがおかしい)、こいつを煽った連中も同罪ではないのか?
 学校内のいじめでもそうじゃないか。
 いじめを行うものは、そいつらだけではなく、周りの煽る連中が必ずいる。
 そしていじめを行う連中はこの煽りの連中の声援に応えるようにいじめを行う。

 今回の件もそうさ。みんなで煽り、このクズ無職男(26)をさらにクズへと変化させた。
 実は今回の問題のページは「ペット大嫌い」と称し、犬・猫といった動物がどれほど嫌いで、そういった虐待を行うかの方法を話し合うというとんでもないページなのだ。
 そう、つまり弱い連中が束になって、さらに弱いものを叩くことによって自己満足に浸るという場所だ。
 自分の弱さを棚に上げ、その弱さを自分より弱いものにしか出せないなんてヘドが出るぜ。

 小猫はどんな思いだったのだろう?
 なんの罪もない自分が、耳を切られ、尻尾を切られ、その苦しむ中、首を切られてしまう。
 こんなことを平気で出来た、無職男(26)。
 お前なんか死んでしまえ!

 なお、この無職男(26)は小猫の首に「わたしは人生の敗北者」といったプラカードをぶら下げていたという。
 弱いものいじめしか出来ないクズは、さらに強いものに叩かれ続ける。
 一生弱いものにしか偉そうに言えないクズ。
 人生の敗北者。
 それはお前さ、無職男(26)。
 一生首から敗北者のプラカードをぶら下げて、強いものに頭を下げるだけの腰抜けなクズな人生を送りやがれ!



書類送検で終わりそうな今回の事件を風化させず、一生まともな生活をおくれないよう、みんなで努力しようぜ!

2002/05/24

闇の中の小さな輝き

 うちのHPを見てくれているお一人の方から「こんなのをテーマにして欲しい」というリクエストを頂いたので、ちょっと執筆してみます。
 僕の職業はコンピュータ関係で、まあソフト製作者だと思ってもらうといいだろう。
 はっきりプログラマだと言わないのは、それ以外にも色々やってるからなので、別に深い意味はないので変な想像はしないでね(笑)。
 もともと僕は子供の頃から作文など文章を執筆するのが大変大好きで、国語の作文の時間になると眼が輝いたものだ。
 遊びもブロックなどでモノを作るのが大好きで、洗濯ばさみを使ってよく合体ロボや怪獣を作って遊んでいたものだ。
 つまり僕は「モノを生みだす」という行為がとぉっても好きだったわけね。

 で、小学校5年のときにはじめてパソコン(マイコン)というものの存在を知った。
 当然詳しいことはわからなかったけど、おもしろそうだと思ったね。
 なんといっても最大の魅力は、「自分でゲームが作れる」という部分だった。
 そりゃもう大変なくらい興味を持ったね。
 で、すぐに仲の良い本屋さんに行って(この本屋さんには7年ぐらい世話になったんだなあ。懐しい)本を物色してたら、ケイブンシャから発売されていた「マイコン大百科」があり、有無も言わずに購入(ちなみにこの本は今でも手元にある)。
 まったく理解できないプログラムのところ(当時はアセンブラが主流)を見て難しいのになんとか理解しようと頑張って読んだりしたのが今でも懐しい。

 それから僕は「自分のゲームを作るんだ!」の信念のもと一所懸命勉強した。
 とにかく一日も早く覚えたいために。
 中学生になるとその熱はさらに高まり、パソコン本体も購入して頑張ったものだ。

 ところがその僕の努力とはうらはらに、とんでもない障害が待ち受けていた。
 それは、両親による「パソコンの使用禁止」というものだった。
 実は僕の両親は趣味に関してものすごぉ~くうるさい性格で、ことに父親はものすごかった。
 どれぐらいすごいかというと、100円のプラモデルを買っただけで殴られたのだ。
 父親はプラモデルが大嫌いだった。
 だけどそんなこといっても子供なのだから欲しいに決まっている。
 しかも別に無理に買ってもらうのではなく、あくまで自分の小遣いでの購入なのだ。
 でもダメなのだ。
 プラモデルが大嫌いな父親は、ひたすら俺を殴り続けるのだった。
 だから見つからないよう、部屋の片隅に隠していたのが今となっては懐しい。

 なおプラモデルだけではなく、オモチャというジャンルが大嫌いだったようで、理にかなわないことでよく殴られた。
 よく覚えているのがボードゲーム(というかカードゲーム)で、アイスホッケーを題材にした「スラップショット」を買ったときだ(ちなみに同タイトルの映画があるので、知ってる人もいるかな?)。
 買ったけどバレないように隠していたのだが、あるとき母親が「スリープデッド、この間買ったやつお父さんに見せ」といいやがったのだ。
 まったくこのクソバ・・・いやいや、お母様はなにを言い出すんだと、俺はものすごぉ~く嫌な予感がしたが、見せろという父親を前にし、仕方なしに俺は買ったばかりの「スラップショット」を見せた。
 すると父親は突然鬼の形相になり、「こんなものを買うな!」と言って(本当はなんと言ったのか忘れたが、まあこんな感じだ)「スラップショット」の箱を俺の頭におもいっきり叩き付けやがった。
 俺は痛みよりも、大事にしていた「スラップショット」の箱が潰れ、へこんだことのほうがショックだった。

 とにかく俺の父親はこういう人なので、パソコンも当然気に入らないものだったため、俺はことあるごとに殴られていたのだった。
 ある日俺はパソコンの勉強をしたいから、欲しかった「こんにちわマイコン」を購入した。
 「こんにちわマイコン」とは、知る人ぞ知る現在の漫画で描く入門書の先駆け的な存在で、当時「ゲームセンターあらし」で大人気だった「すがやみつる」による今でも思い出に残る一冊だ。
 「絶対にパソコンに関係した本を購入するな」そう言われていたので、俺は「こんにちわマイコン」を漫画だと言って誤魔化した。
 なぜか漫画だと怒られなかった。でも他のシチュエーションのときには「漫画」でも怒られるので、ようは「気分で怒ってる」としか思えんぞ。
 で、なんとか誤魔化せたので良かったと思っていたら、突然俺の母親が「なあ買ってきた漫画よませて」と言ってきた。
 今では絶対にしないが、当時の俺は自分の本を他人に読ませていた(今は汚されるのが嫌だから絶対に読まさないが)。
 しかもみんな漫画好きだったので、母親は俺に漫画を借りに来たのだ。
 いつもなら古い漫画などを出して誤魔化すとことだが、とっさのことだったので仕方なく俺は「こんにちわマイコン」を母親に見せた。
 いくらこういうことを詳しく知らない母親でもさすがに気づいたらしく、誤魔化せず、必死に「これは漫画だ」という俺の能書きも受け流され、「知らんで、怒られても」と一言いって俺の前から去って行った母親。
 まあこの時は母親は父親に言わなかったから怒られなかったけど、この件だけでもどれだけ「パソコンを覚えること」を俺は禁止されていたか、わかるでしょ?

 でまあ他にも色々あるけど、俺がなにを言いたいのかというとだ、俺はパソコン(MAC)を使えるから今でも仕事にあふれたことがないということを言いたいのだね。
 不況だ、就職難だと言われてるけど、俺はそういうことをほとんど感じたことはない(まあ少しはあるけども)。
 なぜかというとMACが使えるという「手に職」があるからで、もしMACが使えなかったら俺はどうなってたのかと思うよ。
 そしてそのおかげでまあまあの収入があるわけで(あくまでまあまあなのが悲しいところだけど)、そしてその収入に頼ってるのが誰であろう両親だったりする。
 バブルも終わり、そのため景気が傾いたのが現在の日本経済であるが、そのあおりを多少成りとも受けたため、父親の稼ぎがダメージを受けてしまった。
 そう、今や両親は俺の稼ぎにを借りることによって日々の生活を送ってるのだ(貸してるだけで絶対にあげない。俺はそんなに稼いでないし(笑))。

 さんざんパソコンを覚えるのを邪魔して来たくせに、今になってパソコンで稼いだ収入を頼る。
 親だとはいえ、本当に人間というのはいい加減だというのがまざまざと見せつけられたね。

 だが、両親の心情もわからないではない。
 今でこそ「就職にはパソコンを使えないと不利」だとか、「パソコンさえ出来れば安泰だ」と言われる時代ならともかく(現実はそんな甘くないとかはこのさい別にして)、俺が覚え始めた頃というのはウン十年前。
 その頃はパソコンといえば得体のしれない(あ、これは今でもそうか)物体で、でかいゲームマシン(これは今でも否定できないか)としか見られなかったから、そんなものが役に立つとは思えない、まして将来仕事になるなんてのは予測もされなかったのだから。
 親というのは子供の将来を本当に心配する。
 ○○をしておくと有利だとか、どこどこの学校を出ると就職率が高まるとか、そういうことが一番気にかかる。
 そんなわけだから、パソコンなんかで遊んでいるよりも、勉強をしたほうがいい。
 そう思わない親はいないし、それは当然だと思う。
 そういう意味で俺の両親は俺のことを真剣に心配したからこそこういう行動をとったのだろう。
 それは親としては当然のことだ。
 思うが、しかしそれはその子の可能性を止めてはいないだろうか?

 人にはそれぞれ得手不得手があり、みんながみんな違うモノを持っている。
 ところが、こと我が国の考え方の主流は、みんなが同じでないと落ち着かないというのも手伝ってか、普通とは違うモノを否定しやがる。
 しかし今や本当に多くの職業というのは存在している。
 そしてそれらに生かせるのはなにかといえば、普通とは違う技術・感性を持った者こそが成しえるモノなのだ。

 文章を綴るのが好きな子供。
 絵を描くのが好きな子供。
 駅名を必死に覚えている子供。
 怪獣の名前なら誰にも負けない子供。

 そういう一見くだらなく、なんの役にも立たないと思われていることこそが、本当に重要なことだというのは、昨今の「優秀な学歴を持っていようがいまいが、クズはクズ」という事例を見てもあきらかじゃないのか?

 そして一見くだらないことだと言われながらも、同じことを出来る者が極端に少ないことこそ価値があり、重宝される。
 みんなと同じことしか出来ないことは貴重な人材でもなんでもない。
 A氏とB氏でも出来るものは一緒。
 そうではなく、自分だから出来るもの、自分しか出来ないもの。
 それこそが重要で、貴重な存在になる。
 そうじゃないのか?

 俺はパソコンを覚えることをさんざん邪魔されてきたけど、頑張って覚えた。
 なぜ頑張ったのかというと、自分でモノを生みだすことが大好きで、そしてそうしている自分が誰よりも大好き。
 その性格がどんな邪魔にも負けなかったのだな。
 そしてそのおかげでこんな就職難の時代でも恐れることもなく生活している。
 もし親に反対されたからという理由でやめていたら・・・?
 どうなっていたのかは想像できない。

 子供が必死になって覚えたいというのなら、例えそれがどんなにくだらないと思っても邪魔をするべきではない。
 別にそれが収入を生むとか、儲かるとかそんなことは関係ない。
 重要なのは、人間には誰もが可能性があり、その可能性を親だろうがなんだろうが、第三者が潰す権利はないし、絶対にしてはいけないという点だ。
 本当に子供のことを考え、愛しているのならその可能性を信じてあげて欲しい。
 そして自分の可能性を頑張ろうとしているのなら、どんな邪魔にも負けないで頑張るのが一番。

 ガキの頃の俺はすぐにはパソコンを買ってもらえないため(いや、これは値段が値段だから、はいそうですかと買えない事情もある)どうやって勉強していたかというと、「こんにちわマイコン」に付録として付いていた紙製の「実物大キーボード」を広げて、それをまるで実物を触っていると想像して叩いていたのだ。
 「A」を押すと「A」がディスプレイに現れる。
 「PRINT "SLEEP DEAD"」そして「RETURN」を押すと、画面に「SLEEP DEAD」が現れた。
 そう想像していたのだ。
 今でも涙ぐむ光景だなこりゃ。

 どんなにくだらないことでも一所懸命がんばる。
 俺は人間として生まれた生物の、その姿が一番うつくしく、輝いていると思うが、どうだろうか?



今回のようにテーマのリクエストもありですので、どうぞよろしく!
くだらないと思われても可能性に賭ける姿は誰であろうと本当に美しい。

2002/03/10

最後の涙

 今時代は狂牛病である。
 と書いてあると、数年後に狂牛病もすっかり忘れ去られた存在になったときに「狂牛病? それってなぁにぃ~?」という人も現れるかもしれないけど、とにかく今は右も左も狂牛病の大騒ぎなんである。
 そのため牛肉の消費量が激減。
 牛肉が売れないといって食品関係は大変な大打撃を受け、名門といわれ続けた焼き肉屋に至っては倒産にまで陥る始末。
 昨日まで「やっぱりぃ、肉は和牛でうんたらかんたら」と言ってたくせに、狂牛病の牛が発見された途端手のひらを返したかのように、「だってぇ、今は牛肉あぶないしぃ」となるんだから、まったくいい加減だよねえ。

 まあそのお陰でこちらは安くなった牛肉を食えるんだけどもさ(笑)。

 この狂牛病問題、最初イギリスで見つかったときになんらかの対策をしておくべきだったといわれているけど、薬害エイズ問題を例にするまでもなく、わたくしが住む国「日本」というところはとにかくなにか起こるまではなにもしないお国柄なので、どうせいつものことだと思ってしまう自分が我ながら情けないね。

 牛肉が売れないと嘆く食品業者。
 客が入らないため倒産寸前の焼き肉屋。

 そんな大変な時期だというのに、さらに追い討ちをかけたのが、今回の雪印(どうせ輸入だろうが国産だろうがマニアでもない限りわからないんだからいいじゃないか、わたしだって寝てないんですよ)による、海外からの輸入したものを国産牛肉と偽って販売したことが明るみに出た件だ。

 なるほど。
 今は狂牛病のために牛肉が売れず、大変な目にあってることだから、こうでもしないと生き残れないんだ、牛乳に菌があったことをもう忘れたぜということなんだろう。

 そのため今やあの名ブランド雪印は倒産するんじゃないかという、自業自得な目にあってるが、まあそんなことは俺に言わせればどうでもいいことだ。
 そんなことは他のところや連日連夜のマスコミによる報道を見ていればいいことで、わざわざ寝る間を惜しんで(俺こそ寝てないんですよだ)この俺が執筆することはない。

 狂牛病は大変で、牛肉が売れなくて販売店が泣いてたり、焼き肉屋が倒産するという事態に陥り、大変な状態だというのはわかる。

 わかるが、どうも当の牛たちに対して、あまりにもひどい仕打ちをしすぎではないだろうか。
 狂牛病の疑いがあるということで、膨大な数の牛肉が焼却処分されたというニュースを聞いて、俺は驚いた。
 だって、だってそうだろ。
 それじゃあ死んでいった牛達は死に損ではないか。

 そんなこと言っても、もし狂牛病になってた(なった)牛肉喰って、死んじまったらどうするんだこの野郎!
 そういう意見を持たれるであろう。
 しかし、しかしそれは殺されてしまった牛にとっては全然関係のないことである。
 喰うために自分を殺した「人間」という生物が、どうなろうか牛にはどうでもいいことだからだ。

 そう、牛は我々が喰うために殺され、牛肉という名前の食物にされてしまう。
 牛を殺すことで我々は牛肉を喰うのだ。

 実はこの「牛は我々のために死んでいる」という部分について、今回の狂牛病騒ぎでまったく触れられていないことに、俺は驚いた。
 まるで牛肉がただのモノとしか見られていないのだ。
 だから簡単に焼却処分が出来るし、雪印のような詐欺も出来る。
 だって牛肉はモノだからだ。

 俺はこのことに哀しい怒りを感じる。
 牛肉に限らず、我々人間は他の生物を殺して自分たちが生きていることに関して、あまりにも無頓着すぎるのではないだろうか?
 そして、そのことについてのありがたさがあまりにもなさすぎる。

 牛は俺達のために死んでくれているのに、まるでモノのように平気で捨てたり、ゴミ扱いをしている。
 平気で牛肉を玩具のようにあつかい、捨て去る野郎までいる。

 狂牛病は牛に発生し、死に至らしめる病だ。
 そして狂牛病に感染した牛肉を喰った人間は、狂牛病となってしまう。

 だけど俺は今回の件で思ったよ。
 実は狂牛病以前に我々人間には狂牛病に負けず劣らずの病気が発生していたことを。

 牛を殺したことによって得られる牛肉をモノとしか思えず、命のありがたみをまったく無視しやがる人間たちに、すでに病気が発生していたことを。

 牛は自分が殺されるときに、必ず涙を流すという。
 それはこれから殺されることの無念さか、それとも自分が牛として生まれたことへの運命を呪ってのことか。
 それは誰にもわからない。

 わからないが、そんな牛達の死んでくれた思いだけは、けっして忘れたくはない。
 そしてそれを忘れたときに、その者は病気に感染したことを意味する。

 狂人病という名の病に。



我々は多くの命を犠牲にした上で成り立っている命だということを忘れすぎている。
地球上から人間だけとなったときは全滅する弱い存在なのに。

2002/01/26

己への中傷

 僕の昔勤めていた会社の上司が、いつも口癖のようにこう言っていた。
 「社会人としての常識が」うんたらかんたら。と。
 ところがこれ、社内でも有名だったんだけど、一番常識がないのがこの上司だったのね。
 と、僕の説明だけではイマイチわからないだろうから、ちょっとした説明を。
 あるとき僕がこの上司に呼ばれて、机を挟んで話をしていたときのこと。
 どういうわけかこの上司は斜めを見て、僕と面と向かって話そうとしない。
 斜めになにかあるのかと思ったけど、どうもそうじゃない。
 で、話しが終わって社内の同僚と話したら、「あ、わたしも同じ」と言われた。
 そう、この上司は他人と面と向かって話すことが出来ないのだった。
 45歳も過ぎているのに(笑)。

 他にも笑えるエピソードがある。
 あるとき僕と同僚のYが一緒に関連会社に来ていたときのこと。
 そこで関連会社の偉いさんと仕事について話していたら、会社から電話があるというので、僕が受けた。すると例の上司で、用事があるからYに変わって欲しいというので、Yと電話を変わった。
 で、Yが電話が終わり僕にこう言った。
 スリープデッドくん、仕事で○○に行って欲しいと今上司から言われた、と。
 ・・・。
 実はこの上司、社内で話すことが出来るのが数名で、Yがその一人だった。
 まあ俺も苦手な人物とかいるから誰とでも話す性格ではないけどさ、それなら俺が電話を受けたときに言えばいいじゃないか。俺への用事なんだからさ。

 といった感じで、笑ってしまうことがいっぱいあるんだけど、まあこれぐらいにしておこう。
 で、なにが言いたいのかというと、この上司が常に口癖にしている「社会人としての常識」というのは、実は己自身のコンプレックスなんじゃないかと。
 自分自身が「社会人としての常識」がないから、思わず口に出してしまう。
 なぜなら自分自身に、「社会人としての常識」がないことがわかっていて、コンプレックスになっているから。

 実は人間というのは、他人への中傷や罵倒を行うとしても、そんなにボギャブラリーが浮かぶ便利な生き物ではない(そりゃ俺みたいに浮かぶ奴もいるだろうけど(笑))。
 よほど聞いたり見たりすることや、自分自身のコンプレックスでもない限りね。

 ネット上での他人への中傷でよく聞かれる、ひきこもり・オタク・エロゲーマニア・ロリコン・友達がいない。
 これって自分自身のコンプレックスなんじゃ?

 ね、そう考えるとこれらの言葉がネット上で飛び交ってる意味が、わかってくるでしょ(笑)。



しかしそう考えると、他人を中傷していてむなしくならないのかと不思議に思う。それとも自分のコンプレックスを他人に押し付けてるのかな?(笑)

2002/01/04

二宮金次郎って、本当に偉いのか?

 とまあ、タイトルだと人の感情をえらく煽ってるように見えちゃってるけど、ちょっと疑問に思ってしまったのよ。
 いやほら、二宮金次郎って偉人として祭り上げられているじゃない。
 残念ながら俺は「巻運びをしながら一所懸命勉強した人」という部分しか知らないのだけど(いや、ほとんどの人も俺と同じ程度の認識のような?)、その行為って本当に偉いのかなあ? っと。
 これってつまり勉強した人は偉い。巻運びをしながら勉強する二宮くんは素晴らしいということなんだよね?
 ということは、普通に巻運びをしている子供は偉くないのか?
 そう疑問に思ってしまったんですよ。

 話かわって数年前、例の少女9年間監禁事件やシャブ漬け警官をかくまったなどの、マヌケ警官の不祥事がクローズアップしたときに、俺が一番驚いたのは「こんなまともじゃない神経の持ち主が警官だなんて、恐ろしいぜ」という部分と、勉強して試験に受かった者だけが出世するキャリア制度のことだった。

 だって素人目に考えて、警官の出世って犯罪者をどれほど検挙したかという部分が重要だと思っちゃうでしょ?
 ところがそうではなく、試験に受かった者だけが出世するということに、まじで仰天した。
 だって警官って、犯罪者逮捕してなんぼの商売でしょ?
 それが試験に受からないと出世しないなんておかしいと思わないですか?

 と、よく考えたらなにも警察組織に限ったことじゃない。
 この国はすべてがそうなってるんだ。

 土に触れたこともない野郎が大臣になったり、知識がない野郎が上司になったり。
 一番必要なのは「今やろうとしていることの知識なのに」、そうではない部分を持ってるものが上に立ち、いばってるこの現状。

 これはすなわち、どんな子よりも一所懸命勉強してる子が一番偉いの、偉いったら偉いのね。ということになるよな?

 そういや警察のキャリアだけど、受かった者に対してはもう腫れ物にでも触るような扱いをしなくてはいけないらしい。
 つまり、危険な任務なんかさせてはいけないし、部下がシャブ打ったりしたことがあっては(バレては)いけない、なんの汚点も付けてはならないと。
 だから警察署でゆっくりくつろがせて危険な目に合わさないようにするし、部下が犯罪をしても見て見ぬふりして隠しちゃうわけだ。

 ・・・まったく呆れ返ってものも言えないぞ。
 いや、これは俺が偉そうに言えるほどの高学歴所持者ではないからひがみだと受け取られたら受け取ればいいけどさ、勉強しかしてない奴ってそんなにすごいか?
 俺は人間的に素晴らしい奴が一番好きだけどね。

 そういや最近就職率がやたらめったら落ちてて学生は前途多難だなんて言われてるけど、そりゃ俺に言わせれば贅沢ばっかほざいてるから自業自得だと思うぞ。
 ずっとみんなが望んでいた理想の就職先は、「あまり働かなくて、収入が多く、名前を聞いただけで誰もが驚く程の大会社」だったわけだ。
 で、その大会社に就職するためには、勉強をして一流高校、一流大学に入ることが先決で、それ意外はなにも問われない。例え人間的に欠陥があってもだ。
 ところが最近はその大会社の倒産や大赤字が浮き彫りになっていて、過去の大会社に入れば一生安泰という神話が崩れてしまっている。

 そんなの当たり前だって。
 世の中を舐めた野郎ばっか大量生産し、そういう野郎ばっかり上に上げ、人間的に素晴らしいものに貧乏クジ引かせて来たんだろ?

 畑を耕すには畑を耕す知識。
 家を建てるのは家を建てる知識。
 コンピュータ触るにはコンピュータの知識。

 そういった専門の知識を持ったものが一番上にいる必要があるのに、わけのわからない成績が優秀だからというなんの根拠もない野郎を信用してきたわけだろ?
 そりゃ今ごろになって大打撃受けるに決まってるって。

 実はこの「勉強して一流大学出たのが一番」というのは、手を抜きたいだけの考え方なんじゃないだろうか?
 あの人は一流立大学を出ているから、きっと素晴らしい活躍をしてくれる。
 あの人は成績優秀だったから素晴らしい。
 そういう風に考えることが出来るからな。
 試験に受かったらOKって、肝心なのは人間性なのに、そういう部分は見ない。
 手を抜いて単なる紙一枚の成績しか認めない。
 しかしそれがどれほど恐怖を呼ぶかは、昨今のわいせつ教師の数を見ても明らかじゃないか?
 わかんないのか!

 二宮金次郎は巻運びをしながら一所懸命勉強し、一流大学を卒業した。
 それはそれで大変な苦労があり、すごいことだとは思う。
 しかしだからといって普通にまじめに巻運びした子供が偉くないなんておかしいぞ。

 少なくとも早く巻運びを終わらせて欲しいと願ったお客さんには二宮金次郎よりも、早く運んできた子のほうが助かったと思うけどね。



余談だけど、俺だったら巻運びしながら自分の好きな本(教科書はまずない)を読みながらしてただろうね(笑)。

2002/01/04

お上が認めた合法殺人

 もう数ヶ月も前の話になってしまったが、例の薬害エイズの被告「安部英(84)」への判決。
 みなさん、どう思われましたか? 無罪と聞いて?
 裁判長は「当時、大多数の血友病専門医は非加熱製剤の投与をしており、元副学長だけに過失を認めることは出来ない」と言っておられます。
 これはつまり、「何人殺そうがお医者様がやったことに罪は問いません。問いませんたらありゃしないんです。みなさん、わかりましたか?」ということなんですね。
 どうですみなさん、わかりましたですか?
 俺はこの判決が出たとき我が目を、我が耳を、我が心を疑っちまったよ。
 数千人の被害者を出し、数百人の死者を出したこの出来事を、ただの事故でした。
 それで済ませていいのか?

 いいや、いいはずがない。
 なぜならこれは、

 立派な殺人だからだ。

 それも一人や二人ではない、大量虐殺なのだ。
 一人殺しただけでも罪になるのに、それ以上の人数なのだ。
 それを「お医者様がやったことだから、諦めなさい」なんていうことで、諦められるわけがない。

 安部英はなにも知らなかったのだから、殺人ではないとう。
 しかし他の(下っ端の)医者から「エイズの危険を言っても、聞いてもらえなかった」という証言もあったじゃないか。
 そう、安部英は自分がすべて正しいと思い、他人の意見など聞こうとしない。
 自分は常に正しく、偉いのだ。偉いったら偉いのだ。
 だから患者が死のうが生きようが知ったことじゃない。
 そういうことなのか?

 裁判官はこの証言を「確証がない」といって却下したという。
 なぜだ? なぜこれだけ大きい証言を却下するのか?
 俺には信じられないぜ。

 この薬害エイズに限ったことではなく、日本という国は医療ミスについていつも責任を問われない。
 患者が泣く結末ばっかりだ。
 死亡事件ばかりではない。
 子供の頃に間違った薬を投与されたため、30歳になった今でも自分で動けず、ずっと寝たきりになってしまった男性。
 知能の発達が妨げられた女性。
 医療ミスにより、重い障害を背負わせられた人々を大勢見てきた。
 その話を聞いたのがもう10年以上前のことだ。

 それから今になってもまだ被害者を出し続けている。
 まったくなにも改善されていないなんて、信じられないぜ。
 聞くところによるとカルテを平気で書き換え、さも私たちはミスなどしていないと振る舞う医者も多いらしい。
 医者というのは人の命を治すものだと聞いてたが、まずは自分の頭の中を治さなくてはいけないとはねえ。

 なにもこういう話は医療ミスだけではない。
 学校内におけるいじめによって起きる、いじめにあった生徒の自殺。
 まだまだ若い命が、いわれのない苦しみのために散ってしまう。
 この話を聞くたびに、俺はとっても暗い気分になってしまう。

 なぜだ。なぜ死ななくてはいけなかったのか。

 昔(10年くらい前か?)週間少年ジャンプの巻末の編集記者の言葉にこんなのがあった。

 いじめによる自殺だけど、これって合法的な殺人に使えないか?
 自分の殺したい人間をいじめ倒して、自殺に追い込めばいいんだからさ。

 いじめによる自殺における、いじめていた生徒に対する罰則がなにもないことを批判した言葉だが、まさか10年以上たった未だになにも進展しない状態を維持するとは・・・。

 どうもこの、子供がやったことは子供のやったことですから、としたい風潮がある。
 子供のしたたわいもないことなんだから、許しましょうと。
 これって大人が子供に抱く幻想なんじゃないのか?
 子供は天使だというけど、それは天使もいるけど、そうじゃない奴もいるということだ。
 仮に天使だとしても、悪いことをすればそれ相応の罰則が待ってるって、当たり前のことじゃないのか?

 人というのは悪いことをすれば罪になり、罰則を受けるから、それを恐れて悪いことをしない。
 しかしもし、もしその罰則がなかったら?

 数年前に沖縄の米兵による、少女強姦事件があったじゃないか。
 そのときに俺は、米兵に圧倒的に有利な契約が結ばれていたときいて、椅子から転げ落ちそうになった。
 だってそうじゃん、米兵がどんなことをしようとも日本の法廷に出ることはなく、米軍内で「なあなあ」で終わらせられるなんて、よくそういう契約ができたもんだと。

 そんな甘い契約結んでるんだから、そりゃ平気で他人を傷つけられるって。
 そんなこともわからないのか?

 罰則がない、なにをしても許される。
 そんなの悪いことしほうだいになるに決まってるだろ! わかんないのか!!

 罰則がないといって真っ先に浮かぶのは少年法だが、本当に改善されているのだろうか?
 相変わらず事件を起こしても全然顔は出ない。
 相変わらず全然甘い罰則。
 相変わらずまるではれ物にでも触るかのような扱い。

 全然改善されていないではないか。

 で、こういう話になると真っ先に出るのが、「罰則を重くしてもなにも解決しない」という言葉だ。
 なるほど、それは確かだ。いえているだろう。

 しかしその言葉に、以下のことをぶつけてみたいと思う。

 19歳のただやりたいだけで部屋に押し入り、抵抗されたからといって奥さんを殺し、近くで泣き叫ぶ幼女をうるさいといって殺した奴がいたじゃないか。
 こいつは無期懲役の判決を受けたが、被害者のだんなさんは死刑を望み、上告をした。
 そして泣きながら、「わたしにとって敵は、司法です」と。

 生きていても仕方のない奴が、司法によってまもられる。
 こんなバカバカしいことはないぜ。

 新聞で読んだのだが、被害者のだんなさんはこうも言った。

 「被害者にとって、犯人が少年だろうが少年じゃなかろうが、関係ないんです」

 そう、その通りだ。
 たとえその人が何百人、何万人を救った医者だろうが、みんなに人気のあるクラスメイトだろうが、日本を守ってくれる米兵だろうが、これから未来のある少年だろうが、まったく関係ないのだ。

 関係あるのは、自分の愛するものを奪った奴が大した罪にもならず、毎日笑って暮らすという、信じられない事実だけだ。

 そしてその事実を生み出すのが、司法・国・お偉い様方だという事実だけだ。



薬害エイズの判決を見るだけでもこの国のいい加減さがにじみ出てくる。こんな連中が他人の裁きをしてるんだから、呆れ返ってものも言えんぞ!

2001/06/27

楽を選んだ監視人

 16~19歳まで、よく工事現場でバイトをしていた。
 なんといっても手取りがすっごくいいので(マニアは金遣いが荒いからねえ(笑))。
 で、バイトしていたある日の早朝、全員集合してこの現場の責任者の話を聞くのだが、俺達作業員にこう言いに来た。
 「今日の昼前に、国からの偉いさんが来るから掃除しておくように」と。

 で、そのお言葉を聞いてから我々は作業に入るのだが、その時僕がバイトしてる会社の頭領はこう言った。

 「いいか、掃除なんかしなくていいぞ。仕事してればゴミが出るのは当たり前だ。掃除してたら、仕事なんか出きるか」と。

 俺はこの頭領の言葉に感心したね。ほんとその通りだぜ。
 で、俺達は掃除なんかせずに仕事をしていると、先程の現場の責任者がやって来て、俺達(というか、一番若い俺に)「こら! 掃除しろ!」と言いに来やがった。

 すると頭領が、「うるさい、向こうに行ってろ!」といってその責任者を追い返した。
 いや~頭領かっくいいねえ~。

 で、いつの間にか国の偉いさんが見て回っていたようだけど、気にしてないのでどんな感じで見てたのか覚えてないや(笑)。

 この出来事から10年以上が過ぎたのだけど、いまだに思うね。

 みんなアホばっかやと。

 だってそうじゃん。
 わざわざ「今日現場を見に行く」といってやって来て、現場にゴミがあるかどうかだけチェックする国のお偉い方。
 来るのがわかってればマズイものは現場で除外して隠ぺいしちゃうし、ゴミが出てないというのは逆に言えば「仕事してない」証拠じゃん。
 やれやれ、これだからお役所仕事って言われるんだぜ。

 雪印の菌が付着してた牛乳を売ってたけど回収しようかどうしようか迷ってる間に被害が広まっちゃってわたしだって寝てないんですよ、を例にするまでもなく、こういう話を聞くたびに「これからは管理体制を強化する」とか言うけど、俺はいつも素直になっとく出来ないのよね。

 なんというか、人間つうのはどんなものでも「絶対に完全なもの」を想定するので、それが完全じゃないかもしれないという考えは持ちあわせない。
 だから不正な賄賂を受け取る政治家は存在するとは思わないし、学校の教師が生徒に手を出すなんて考えもしない。子供たちは無邪気な天使だから、人を殺すことなんて考えもしない。

 偉そうに言ってけど、俺だってそうだし、みんなだってそうでしょ?
 この文章に誤字・脱字なんかあるはずはないし、完成したプログラムにバグなんかあるはずもない。
 ないったらないのだぁ~!

 と、みんな思うよね。
 そう、それは全然間違ってはいない。

 だけど、だけどそんなにうまく行くのなら誰も苦労しない。
 思ってもいなかったことになってしまうのも事実なんだからさあ。

 で、本当はその「思ってもいないことになってるかも」と実はみんなもわかっているんだよね。
 わかっているんだけど、わからないようにしてしまっている。
 なぜならそのほうが楽だから。

 事前に伺うことを言っておけば「思ってもいないこと」を隠してくれているから見ないでいい。
 見て回るのは面倒だから「ゴミが落ちてるかどうかだけで判断すればいいし、仮に落ちていてもそれでどうこうなるわけでもないから黙ってればいいや」。

 こうすれば楽でいいや。

 俺だって面倒くさがりやだから偉そうには言わない。
 でもそれじゃあ、誰かが苦労しているということになる。
 片一方が楽なのなら、もう片一方は苦労している天秤になっているはずだ。
 仮に丁度水平の天秤だとしても、楽な数だけ苦労も同じ数になっているはずだ。

 よく学校内におけるいじめの数というのが発表されるけど、いつも学校の数に比べて少ないじゃないか。
 あれって俺に言わせれば絶対におかしいと思うぜ。
 だってそうだろ?

 学校の数だけいじめがあるんだからさ。

 みんなもそう思うだろ?
 今までいじめの現場を見たことがないなんて人いる?

 いじめの現場を見ちゃうと面倒だから、教師は事前に自分の前ではいじめはなかったことにして欲しいし、いじめる側もそのほうが都合がいいからそのように振る舞う。
 もし仮に見ちゃっても「これはいじめではない。ただじゃれているだけだ」と思えばいい。

 事前に現場を視察することを告げてまずい部分を隠してもらい、自分はただその現場に訪れるだけでいい。

 俺が小学校2年生のときにクラス全員で花の観察をしていたら、先生から(予断だが俺この先生は今考えても大嫌いなのだが、この話はいい話なのでその部分は評価してる)聞いた話で以下のようなのがある。
 とある学校の小学校2年生のクラスで同じように花の観察をしていて、感想文を提出してもらったらみんな「花の色が何色」だとかという、見ただけの内容だったけど、一つだけ違う内容のものがあった。
 それはどんな子の感想文だったのかと言うと、目の見えない障害を持ってしまった女の子のものだった。
 その女の子は目が見えない部分を補うため、必死に花に触れて「どんな感じなのか」を観察したのである。
 だから他の子とは違って「花の手触り」や、触れないとわからない「花粉の状態」まで感想文に記していたと。

 俺はこの話を聞いたとき、俺達目の見える者達がどれほど目に頼って生きていて、頼り過ぎているかを痛感した。
 そう、目で見えるものが全てではないのだ。
 実際に触れてみないとわからないものが多数なのだ。

 だが我々はぱっと見での印象だけを重視する。
 ゴミが散らかっていない現場には何も問題はない、みんなが笑ってる教室にはいじめなんかない。

 こう考えれば楽だからな。

 だが忘れてはいけない。
 その楽をとったがために苦労する者が存在していることを。

 不断は不真面目にやっている者が、偉いさんが来たから突然真面目に振るまい、普段から真面目にやっている者が馬鹿馬鹿しくなること。
 いじめに合っているのに教師がその現場を見ないためにいつまでたってもその子が助からないこと。

 これらをなんとかするのは、誰あろう見て回ることが許された、偉いさん、あんた達なんだろう?

 「ドラえもん」のとある話で、威張ってばかりの殿様がタイムマシンで過去から現代にやって来て、子供に「おじさんはなんで偉いの?」と聞かれたら、「殿様は偉いのだ」と言うと、なんで「偉いの?」と聞かれて、「偉いから殿様なのだ」と言う。
 でも子供は「なにもしないのに偉いの?」と言われて殿様が困るという話がある。

 きれいな部分だけを見て、その奥底に隠されている真実を面倒だから見ない。
 自分は現場を見て回る偉いさんだ、自分は生徒の上に立つ偉い教師だ。
 そうおっしゃるあなた方にお聞きします。
 「ねえ、なぜ偉いの?」と。



なにが偉くてなにが偉くないのか。それがわかる人が一番偉いと思うんだけど、どうだろう?

2001/05/15

公園は誰のもの?

 最近公園って、行かれてますか?
 実はうちの近所にも公園があるのだけど、全然行こうと思わない。
 というのもこの公園には、我が物顔で居座っている「俺達はすげえだろう」中・高生のグループがいやがるから。
 こいつらはとにかく何を考えているのかわからないうえに、世間では「子供=守るもの」という図式が出来上がっていて、我々大人はなにがあっても非難されるからバカバカしくて関りたくないしね。
 で、こいつらのために本来の公園の目的である、自由に遊べるという目的が全然なくなってしまっている。
 無邪気に走り回る子供。
 照れながら寄り添う恋人達。
 散歩が楽しみのお年寄り。

 そういった誰もが目に浮かぶ公園の姿がなくなってしまっている。
 このグループのために。

 こいつらの目の前を通ると、まるで「俺達に逆らうなよ」と、見下した目つきで人を見やがる。
 そう、この公園は自分たちのものだ。お前達は俺達に逆らえないのだと。

 冗談じゃない!
 公園はみんなのものだ。
 色々な人が自由に遊び、使ってこその公園だ。
 群れることにより、力があると錯覚したお前達のものだと、誰が決めたんだ!

 公園だけではない。コンビニもそうだ。
 別にものを買うわけでもなく、来るお客一人ひとりに「俺達に逆らうなよ」と目で合図して来やがる。
 自分一人では、なにも出来ない野郎のくせに。

 そして今、こういう連中がネットで繁殖している。

 どこどこの掲示板で「こんな奴がいる」と書き込む。
 すると「わあ、こんな痛い奴」がいるのかと、みんなで笑いものにする。
 そしてその人のページにやって来て、掲示板を荒らしまくる。
 こういう連中はこういう。

 痛い野郎は出てゆけ

 と。
 みなさんにお尋ねしたいのだが、北極で全裸になってわけのわからない奇声を発しながら等身大のロリキャラ人形(ペーパームーン?)と添い寝する人と、自分の家に勝手にやって来て「きみ変な奴だね」という野郎のどちらが気持ち悪いだろうか?

 常識で考えれば後者のほうだろう。だって自分が直接関わることのない遠いお国のお方よりもわざわざ家にやって来て理解不能なことを言う奴なら、どう考えてもそう言う奴の方が迷惑だろう。

 ところがどういうわけか、ネットではその「勝手にやって来る」野郎が市民権を得てしまっている。
 なぜならみんな、その彼らが掲示板で上げて喜ぶ痛い野郎を見て笑いたいからだ。

 やれこいつのCGは痛いとか、こいつの文章は妄想の入った痛いものだとか、こいつ不細工なくせに写真のせてやがって痛いとかをネタにしやがる。
 以前「役に立たないホームページばっかりで嫌になる」というのをどこかで読んだ。
 あのさあ、ホームページの何が役に立って、何が役に立たないのか、どう判断するわけ?
 たとえばとあるメーカーのページがそこの製品を使ってる人には役に立つページだろうけど、使ってない人には全然役に立たないページじゃないのか?
 趣味系に関しても、(多少切り口が違うとはいえ)うちのようなヒロインのページはヒロイン好きにはたまらないけど、そうじゃない人にはまったく意味がないページだろう。
 そういうもんじゃないのか?

 あとさ、必ず役に立つ必要もあるのかどうか疑問。
 みんな勘違いしてるけどさ、企業のページを除いてホームページの大部分は個人が趣味で作っているもんだろう?
 その個人が趣味でやってるものに「俺に役に立つようにしてくれ」というのは、なんでわたしが貴方のためにそこまでしなくてはいけないの? そう思いませんか?

 で、先程の「痛い奴」を上げてみんなでバカにすることが大好きな連中の話に戻るけどさ、こいつらが言う「痛い野郎は出てゆけ」というのが理解出来ない。
 お前達のどこにそんな権限があるのかが理解できないからさ。

 痛い野郎のページを見るのは迷惑だ。
 と、おっしゃる。
 なにを言うか。そんなの見たのはあんたらの勝手だろ?
 こっちが頼んで「見てください」じゃなくて、勝手に見てるだけだろ?
 なにを迷惑かけたというの?

 え、そういうものをネットに配信されるのは許せない。
 ネットは有益な情報こそ配信されるべきだって?

 あのさ、それは自分自身もホームページを作るなりして同じようなことしてごらん。
 そうすればそんなこと言えなくなるって。

 別に統計をとったわけではないのだけど、こういう連中って自分ではホームページをアップしてたりせず、痛い奴を上げる掲示板を朝から晩まで見て、そこに書き込まれた痛い奴を罵倒するだけを毎日送ってるだけな奴が多い。
 そう、自分ではなにひとつしないくせに、他人が作ったものには文句をいう。
 実に自分勝手でわがままだということに気づいていない野郎ばっかだ。

 公園にたむろする連中の例をあげたけどさ、本来公園の目的ってなんなの?
 みんなが自由に遊ぶ場所だろ?
 それを「別になにもすることがない。どこにも行くとこがない」暇人が、みんなを脅して楽しんでいるだけじゃないか?
 俺達に逆らうなとばかりに。

 色々な人が存在している。
 そしてそれだからこそ楽しいはずだ。
 しかしそういった自由の場を、まるで自分で守っているかのように錯覚している野郎がいる。

 ネットでの痛い奴は許せない?
 出てゆけだと?

 ネットは世界に配信するみんなの場所だ。その場所を汚す奴は許さない?

 あんたは中途半端革命家か?

 本来のみんなが楽しめる自由の場というのはなんなのだろう?
 色々な人が気兼ねなく、自由に楽しめる場だろ?
 そりゃ自分とは価値観の違う人もいるだろうよ。
 しかしそういった人を掲示板に上げて「こいつ痛い奴だから、みんなでバカにしてやろうぜ」ということを楽しんでいる、自分達が一番痛い奴だと、なぜ気づかないのだろう?

 痛い奴

 それは自分ではなにもしないことを棚に上げ、犠牲者を掲示板で上げてバカにしている連中こそがそうじゃないのか?

 公園は誰のものなのだろう?
 自分たちは偉いんだという自己満足を得る連中のものだろうか?
 それともみんなが自由に遊べる場所なのだろうか?



公園やネットでいばって弱者を排除したい奴って、結局そこでしかいばれないからなんだろうね。自分が一番いらない存在だということに、はやく気づけばいいのに。

2001/04/14

無個性でいたい個性

 僕が中学3年生の時、ひとつの事件が起こった。
 クラスを仕切ってる(大昔風にいえば番長か)野郎が、音楽の時間に唄を歌うことを拒否したのだ。
 さあ、こうなれば大変だ。
 音楽の先生のピアノに乗せて唄を歌うことは、クラスでの死を意味する大問題になってしまう。
 だから誰も唄を歌わなくなった。
 そう、俺もその中の一人に・・・。
 次の音楽の時間も、そのまた音楽の時間も歌ってはいけない空気になってしまった。
 クラスで一番強いものが「歌うな」と言ったのだ。それを逆らうやつはバカな野郎だ。
 みんなそれをわかってるから、歌わない。いや、歌えない。

 当然このことは問題になり、担任の耳に入った(ちなみにこの担任は女の先生で、よくかわいがってもらったので印象深い先生だったなあ)。
 担任の先生は言う。なぜ歌わないのかと。
 でも、誰も答えない。いや、答えられないというべきか。

 しかし本当は担任の先生も知っているはずなんだ。クラスを仕切ってる野郎が歌うなといったからだということは。

 そこで担任の先生は、「どうすればいいのか? どうすれば歌えるようになるのか?」を作文に書いて提出するようにと。
 その作文のときに、クラスを仕切ってる奴、そしてその周りにいる奴がこう言った。

 今風の唄だったら、歌うのに。

 実はこれ、今回突然生まれた言葉ではなくて、あまりよく覚えてないのだけど、誰が最初に言ったのか忘れたけど、クラス内で広がっている言葉だった。

 さあ、こういう「決め言」が出てしまった。
 もうこれ以外のことを書いてはダメだ。ダメったらダメなのだ。

 そう、案の定作文に書かれた意見には、「今風の唄を歌うようにしてもいいのではないか」というものが大半、いや俺以外ほぼ全員だった(笑)。
 あ、ちなみに僕は違う意見を書きましたよ。つうてもちょっと違う程度で、あまりはみ出さない程度にやんわり書いたものだけど。
 なんで僕だけみんなと合わさないものを書いたのかというと、当時僕は作文のうまい奴で通ってたので多少違うことを書いても誰にも否定的な意見をもらう立場じゃない安心感があったこと。
 そしてもうひとつは、なによりそういう「誰々が言ったからその通りに書け」というのが今もそうだけど大嫌いだということが大きいかな。

 でまあ、担任の先生もあまりにも同じ意見ばっかり(しかも今風の唄をっていう完全に的外れな意見)でうんざりしたけど、とにかくしょうもない反発はやめて歌いなさいというお説教をして、その場を終わらせた。

 結局この話は音楽の先生の熱心さに折れた、といえば聞こえはいいが、ようするに仕切ってる奴が歌わないことを飽きたから解決したのだけども。

 俺はこのとき思ったね。
 みんな偉そうに言うけど、結局みんな同じことをしないと気がすまないんだ。そしてはみ出さないようにということだけを考えていると。

 みんなはみ出さないように生きていやがるんだ。
 はみ出したものが、どうなるかを知っているから。

 そう、ここでは自分の意見なんか持ってはいけない。
 自分の意見を持つということは、死を意味するのだから。

 みんななにかあると「個性」という言葉を使いたがる。
 やれ「誰々は個性的」だとか「個性がないと就職がうまく行かない」とか、「個性を発揮しようぜ!」とか。

 しかし本当にみんな個性を重視してるだろうか?
 以前テレビのワイドショーを見ていたら、椎名林檎のことを話していた。
 そこで椎名林檎がどれほど同世代の女性に支持されてるかなどを、椎名林檎の言葉や、街角でインタビューした女性を通して紹介していたのだが、そのVTRを見て番組に出演している一人の女性タレント(名前忘れた)がこう言っていた。

 みんな椎名林檎のこと個性があるとか、自分の考えを持ってて素敵とかって言うけど、学校とかでそういう人がいたらいじめたりするんでしょう。
 実生活でも個性のある人を認めたりしないのに勝手だよね

 わかってるじゃねえか!!

 テレビを見ながら俺はそう叫んでいたのであった。
 そう、そうなんだ。みんなタレントや有名人の存在は認めやがるんだ。
 でも、自分の周りにいる人間で少しでも他人と違うモノを持つ者は非難する。
 個性・個性と、なにかあるたびに言っているくせに、いざその個性を持つ者を目にすると非難する。
 非難し、同じ感覚を持つ者が固まり、自分たちの理解できない感覚を壊そうとする。
 同じ感覚を持つ者以外は、すべて排除しようとする。
 「個性」という言葉をやたら使っているのに。

 「個性」というのは人それぞれ違っているからこそ「個性」なんだろう?
 それを否定するということは、「自分には個性ないんですわ。わはははは」と言ってるわけで、それが一番カッコ悪いってなぜ気づかないのかなあ?

 椎名林檎のような有名人だとその「個性」を称え、目の前にいるものの「個性」は無視する。
 自分自身が一番「個性」がない、ただの凡人だということも知らずに。
 そしてその「凡人」の部分を、一番否定するくせに。

 最近iMacの影響か、同じ商品でも色の違うバリエーションを増やすようになった。
 これは「他の人とは少し違ったものを持っていたい」という感覚であろう。
 じゃあその感覚を、現実に生きる人間にも向けるべきではないだろうか。
 物や一生自分には関係ない有名人よりも、身近な存在こそが一番大切なのだから。



個性が一番大切だと言われているのに、全然ねえ奴ばっかがいばってるんだから、やんなっちゃうよね~。

2001/04/08

「不自由な自由」

 ついに法律が動き出した。ネット上の掲示板などでの誹謗中傷の取り締まりをはじめるというのだ。今までは書き込まれた者の個人的な申告でしか対策はなく、またその個人の申告にしても曖昧な扱いを受けていたため、実質被害者は泣き寝入りを強いられていたが、ついに法律の名の元での取り締まりがはじまるわけだ。
 遅すぎる判断だとも言えるし、なんでもかんでも法律化してしまうことへの疑問もないわけではないが、とにかく泣き寝入りする被害者がこれでかなりの数が救われるのだとすれば、バンバンザイではある。
 さて、早くもこの法案に(わたしも含めて)疑問の声が上がっているようだが、どうしてこういう法律を作ることになったのだろうか?

 このコラムでも何度も取り上げているが、赤の他人への誹謗中傷専門ページがネット界を代表する人気ページにまで発展し、かつてのアングラで闇に隠れた存在ではなくなってしまった。そのため被害者が急増。その数は一日に一人なんていう生易しいものではなくなってしまった。
 どうしてそんなに被害者が増えるのだろう? 変な話、被害者なんか最初に選ばれた数人でいいのでは? だって数人の被害者を大勢で誹謗中傷しててもいいんだからさ。
 実はここで人間の、いや~な面が出てくる。それは、飽きっぽいという面だ。同じ人間ばっかりじゃつまらない。もっと新しいものを、もっとすごいものを。今までの存在を超越するほどのすごいものを。そう、人間のことをもののように例え、まるで新製品でも誕生したかのように見たいわけだ。
 この間のあいつよりも、今回のこいつのほうが叩きがいがある。
 人間を物、楽しめる・暇つぶしが出来る物として考えているわけだ。

 こういった輩も最初はおとなしかったんだろう。どこかの紹介、あるいは偶然ページを見てしまうと、そこでは個人を攻撃して誹謗中傷し、それを楽しんでいる。最初は躊躇するも、やがてそういうことをしても大丈夫だと学習する。それならと自分も参加する。まったく自分には関係のない個人を攻撃する。みんなも自分の話題にノッテきて、仲間に入れた優越感を感じる。
 こんな感じではまって行くのではないだろうか?
 ここのポイントは、最初は躊躇するという部分だ。そりゃ、なかには根っからの他人がどうなろうが知ったこっちゃない野郎も多いだろうけど、ほとんどの人はやはり少しは躊躇するだろう。そりゃそうさ。建前はどうであれ、個人をみんなで攻撃しあうというのは、常識的に考えて良心が痛むものだからさ(何度もいうけど建前はどうであれね)。しかもネットの場合はその個人は自分にはなんの関係もない赤の他人。恨みもなにもない、というよりどんな人物かさえも知らないのだから、なおさらさ。
 だけど、ずっとそういうことが当たり前なんだというものを見続けていると、人間なんて数に付いたほうがいい「長いものには巻かれろ」の精神なうえに、「そうか。こういう誹謗中傷をしても誰にもわからないのか。そうか、そうか。そうなのか」というバレなきゃなにをしてもいいという、本来持っている嫌な精神が混ざり合う、実に「単純」な考えを持っているので、いつの間にやら自分もその仲間入りをしていることがすご~く多い(宗教や悪徳商法の手口を例にせずとも)。

 しかも攻撃を受けている者が慌てふためく姿を見ていると、なんか自分が偉くなった気がしちゃうもんだから、余計に面白くなってしまう。それも自分一人ではなく、大勢の仲間がいるのだから、これほど楽しいことはない。
 俺・僕・私・我輩はなんてすごいんだ。自由だ、自分たちは自由なんだ。なにをしても許されるんだ! そう思い込み、さらに行動はエスカレートする。
 狙った相手の家を監視し、逐一行動を書き込みする。誰が家に入り、どこどこでなにを買ったかなどの詳細を漏らさずに。
 狙った相手の個人情報を集め、さらし者にする。どこどこの学校を卒業し、どこどこで就職したかなどを徹底的に細かくあげ、みんなで笑いものにする。
 詳しいことを知らない人には冗談のように思えるかもしれないが、すべて事実である。
 他にも数えきれないほどあるが、こういった行動を世間では「異常」というのだが、複数になると人間は個人の意見をいうことによって外れてしまうことを恐れるあまり正常としてしまう。誰が考えても異常なのに。あなたこういった行動が正常に見えますか?

 そしてこういったことを非難すると、決まり言のように発せられる言葉。それは、「言論の自由」という言葉だ。言論は自由だ。それを誰にも止めることは出来ないと、奴等は鬼の首でも取ったかのように豪語する。

 しかしこの世の中、なにをしてもいいなんていう理屈は通じない。言論の自由は言論の自由であり、なにをしてもいい自由ではない。
 そしてまた、行き過ぎた自由は、必ず自分自身に返って来ることをみんな忘れてしまっている。だってそうじゃん。なにをしてもいい誹謗中傷のページがあるから被害者が出るわけで、そんなページがなければ被害者なんか出ないだろ? そしてその被害者は、自分自身がならないなんて保証はどこにもないのだ。違うか?
 そして行き過ぎた自由は、国家権力という最上級の力によって止められてしまう。今回の法案もそうさ。あまりにも行き過ぎた自由の歯止めをかけるために儲けられたのだ。

 ネットは弱い者が力を持つことが出来る空間だと言われている。個人による悪徳企業の内部告発。未だに報道されない未成年犯罪者の本名。そういったことも公表できる場だというのは、数年前のとある大企業に単身立ち向かった個人の会社員の例を見るまでもなく、みんなが認識していることだ。しかしそういったこととただの弱い者いじめが同一されているこの異常な自由は絶対におかしい。

 企業の内部告発・名前のでない未成年犯罪者の本名。そういった情報が出たことは収穫として認めてやろう。しかし、関係のない弱い個人まで巻き添えにした現在の自由はどう考えても異常以外のなにものでもない。そう、行き過ぎた自由のため、本来人々の目にさらされなくてはいけないことまでも奪われてしまったのだ。
 
 国家権力に押しつぶされた自由。それはなんとも哀しい話だ。そしてそう仕向けた輩の自由。自由を履き違えた哀れな末路ということか。

実はこのコラム、NBEの「危険!奴がいます」の最終回用に執筆したんだけど、「あなたの中の悪魔」と見比べてみて、最終回にするよりも、このページにアップするほうがいいかと思い、今回やっと日の目を見るようになったという経緯があったります。
自由という言葉は「みんなが楽しく暮らすため」にあるもので、「多数の者が幸せになるために、少数の被害者を出す」という意味ではないことに、みんな気づかないのかねえ?

2001/11/17

危険!奴がいます「あなたの中の悪魔」

 あなたは覚えているだろうか。10年近く前に発生した「女子高生コンクリート殺人事件」を。誘拐し、監禁した女子高生を未成年者数人で殴る蹴るなどを数ヶ月繰り返し、顔が原形をとどめていないほど膨らむなどで気持ち悪くなったといって殺害し、隠ぺいするためにその死体をコンクリートの中に沈めた事件を。
 当時俺はこの事件を知ったとき、なんともいえない怒りが込み上がり、そしてその怒りは未だに消えてはいない。
 しかしここに来て、この事件はまた新たな展開を見せて来た。それはネット上でのある書き込みを目にした時だ。「女子高生コンクリート殺人事件を写した、本当の殺人シーン(スナッフビデオ)があるって聞いたけど、本当?」。今、この噂がネット中を駆け巡っているそうだ。
 この噂の真実は後で書くが、この書き込みを目にしたとき、俺はいいようもしれない怒り、そして哀しみを胸の中に感じ取ったのだった。

 事の真相はこうだ。事件のあった数年後にとある小さなビデオソフト制作会社に、あるひとつの企画が持ち込まれた。それが「女子高生コンクリート殺人事件」をモチーフにしたホラーもので、一人の女子高生を数人の男子高校生が非道の限りを尽くすという、なんのストーリーもそして救いもない内容だった。ビデオソフト自体は制作され完成し、一部のレンタル店などに出荷されたのだが、なにぶん題材が題材なので店側が入荷したがらないのと、会社自体このビデオソフトを発売した後に経営が傾き、すぐに倒産したため、本当に少ない数が生産されただけで終わった。
 そのため幻の作品となった(ホラー映画ファンの僕でさえも存在は知らなかったほど)だけでなく、主演していた男子高校生の役をしていた役者数人が、今では名前を聞いただけでわかるほどの売れっ子になったため事務所側が隠したがるのも幻となった一因だ。

 そう、このときのビデオソフトが噂が噂を呼び、実際に殺人シーンを写したスナッフビデオがあったという噂となったのだ。

 真相を聞くとなぁ~んだで終わるかもしれない。しかし俺は、背筋が寒い思いをする。なぜならもし本当にスナッフビデオが存在したとして、みんなはどうしたかったのだろう?
 そんなの見たいに決まってるじゃないか? そうか? そんなに見たいのか?
 なんの罪もない女子高生が惨い思いをし、死んで行くさまがそんなに見たいのか?

 人には怖いもの見たさや、好奇心があることに俺は異存はないし、否定もしない。実際俺もそうだし。しかし今回の件は全然違う。みんなで被害にあった女子高生の死んでゆくさまを見たいと言ってるのと同じことなんだ。
 無理やり誘拐され、家の中で監禁。毎日毎日まさに悪夢のような暴行を受ける。あとに調書を見た人が「背筋が凍りつく思いだ。とても人間のすることではない」と称した暴行が毎日続けられたのだ。
 全身が赤く、黒く染まり、原形を留めていないほど晴れ上がった顔。体中からしたたり落ちる血液は、止まることをしらず流れ落ちる。激しい痛みさえも感じないほど麻痺してしまった身体。
 きっとこの被害者の女子高生は、自分が生まれてきたことさえも呪ったことだろう。

 こういう現実を見たいといってるわけだ。俺にはその感覚が信じられないぜ。
 いや、案外当事者でもなんでもない連中の心理なんてそんなもんかもしれん。
 数年前の神戸の児童殺傷事件「酒鬼薔薇」のときもそうだ。マスコミは街の人々は恐怖におののいているといってたけど、実際容疑者のバカが捕まったときに、カメラにピースサインをしてきたり、「俺今テレビ映ってる」といって携帯で連絡してた野郎とか、被害者の少年のことなんかこれっぽっちも考えず、まるでこの事件を楽しんでいるかのような雰囲気があった。
 そうさ、当事者でない者にとって、事件ほど楽しいショーはないんだ。加害者は当然として、被害者の家まで出向き、記念写真を撮るバカ。被害者の身辺を調べ、ネット上で中傷するバカ。
 去年の新潟での少女9年間監禁事件でもあったじゃないか。救出された被害者の女性の写真を中傷文と共にビラをばらまいたバカもいたじゃないか。
 そう、こいつらにとってその人物が被害者だろうがなんだろうが関係ない。世間を騒がせたネタのひとつであり、自分たちが楽しめるアイテムとしか思ってないんだ。

 そんなこといって、別にビデオソフトを探すぐらいいいじゃん。別に俺・私・僕・我輩は当事者で犯人でもないんだからさ。そう思うかもしれない。しかし考えてみて欲しい。なにかあるたびに自分の娘がネタとして取り上げられてしまう苦痛を。もし仮にスナッフビデオがあったとして、自分の娘が死んでゆく苦しみを笑ってみているバカ野郎が存在するという事実を。
 あなたはそれに耐えられるだろうか?
 いじめ問題にしてもそうなのだが、実は手を下す者だけが加害者ではない。周りの、なにもしない、なにもやらない者も共犯ではないか。
 そう、例え犯人ではなくとも、被害者の女性が苦しむ姿が見たいと思った時点であんたも共犯なのさ。ただ、その場所で手を下さなかった。それだけの違いさ。
 他人の苦しみをまるで暇つぶしの種としか思えない時点で一緒なのさ。

 そしてこの女子高生を笑いながら苦しめた連中。当時俺は自分がこいつらと同じ人間であることが嫌になった。こんな生きていても仕方がないクズ野郎が未成年だという理由で軽い罪になり、今は普通に社会生活をしているというこの事実。こんな残酷な事実はもう信じられないぜ。

 先程のビデオソフトの監督も「映像にされた部分の数十倍、数百倍もの苦しみを、被害者の女子高生は受けたのです」と言っている。そう、しょせん作り物ではない真実の痛みなど人間は創造で生みだすことなんか出来ないのだ。

 そしてその被害者の痛みなんか第三者にはわからない。当然第三者の一人である俺にもわからない。
 だがもし自分が、自分の愛するものが同じ立場になったとき、絶対に笑ってすませることなどできない。出来るはずはないし、それは事件の被害者を笑っているクズな野郎も同じだ。ただ、今は被害にあっていないから笑っているだけで。

 被害者の女子高生は笑いながら自分に暴行を加える者たちをどういう目で見ていたのだろう。こいつらは人間じゃない。悪魔だ。そうだ、こいつらは悪魔だ。そう思っていたに違いない。
 そして残念ながら悪魔はそいつらだけではなかった。この事件についてネタにして楽しむもの。コラムを執筆するもの。ビデオソフトを探したがるもの。犯人が未成年だというそれだけの理由で軽い罪にし、社会生活を送らせているもの。全てが悪魔だった。そしてその悪魔たちは今でものうのうと生きてやがる。
 被害者の女子高生の苦しみは今でも続いている。人間の皮をかぶった、悪魔のために。

 一度被害にあってしまった被害者は、死ぬまで、死んでまでも被害者のままなのだ。悪魔たちのために・・・。


2001 スリープデッド(NBEで連載していたときのコラムです)

危険!奴がいます「即席犯罪者」

 差別はやめましょう。弱い者いじめはやめましょう。建前や真意はともかく、世の中はそういう風に出来ている。そして我々もそう思うように生活している(くどいようだが建前や真意はともかくね)。ところが、差別をしてもかまわない。というか、差別しなさいと皆に言われ、合法的ないじめをすることが可能な存在がある。それは、捕まり、裁判によって刑が確定された、紛れもない「犯罪者」という存在である。
 犯罪者にだけはなにをしてもいい。なにを言ってもいい。こういうコラムの場で犯罪者に対しては罵倒してもいいし、テレビ・映画・本という場でその犯罪者に対する中傷をしてもかまわない。なぜなら犯罪者だからだ。
 俺もコラムの中や人との会話で犯罪者のことを「あいつはなんてひどい大馬鹿野郎なんだ。あんな奴は人間ではない」と言って犯罪者に対する中傷はしてるので、これに対する否定はしないし、中傷されて当たり前だと思っている。
 さて、話変わってここは子供の世界。子供たちはテレビで人気のヒーローごっこをしようとしています。誰がどの役をやるか決めているようですね。ちょっと耳をすませてみましょう。あっ、会話が聞こえてきました。よし、俺がヒーローをやるから、お前悪の○○をやれよ。一人の強そうな子供が、一人の弱そうな子供にそう言っています。さぁ、ヒーローごっこが始まりました。あら? どういうことなんでしょう?
 ヒーローごっこのはずなのに、ヒーロー役の子が悪役の子を殴る蹴るの暴行を加えているようです。ごっこ遊び? いいや、これはどう見ても、いじめにしか見えません。
 そうこれは、ごっこ遊びの名を借りた、ただのいじめの実態なのである。
 子供のヒーローごっこに限らず、実際こういうことがあなたの周りでもあるのではないだろうか?
 強い者がヒーローを演じ、弱い者が悪を演じる。おかしな話だ。だってテレビのヒーローは弱い者をまもるからヒーローなのに、現実の世界は弱い者いじめをするものがヒーローを演じるんだからさ。

 犯罪者=悪者は差別してもいい。なぜなら悪なのだから。だけど現実問題、自分の周りに都合よく犯罪者なんかいない(いたとしても刑務所の中だ)。だけど中傷を楽しむためには犯罪者を生み出す必要があり、その犯罪者を誰にするか? そう、それこそ「弱い者」となるわけだ。
 誰もが悪者を演じたくはない。それは根っからの悪でさえも。だから弱い者、言い返せないものを悪者にする必要があるんだ。自分、自分達がヒーローを演じたいがために。
 学校で、会社で、集まる場所で、悪者を生み出すことによって、集団という組織は成り立っている。人は悪者がいて、その悪者を中傷するということでの団結力が高められる。そしてそれが、本当の悪(というと言い方がおかしいが、ようは俺がコラム上でも何度も言っている、他人の痛みがわからないクズ野郎のこと)ならまだいい。しかし実はそういう本当の悪は怖いから、悪として認識することはない(正確には心の中では思っているが、表には出さない)。だけど言い返すことの出来ない弱い者なら安心して悪者に出来る。

 第一回目のコラム「誤魔化しの弁護」にも書いたけど、そうやって「こいつは悪者だからなにをしてもかまわない」という認識を持ちたいわけだ。自分を正当化するために。

 このコラムの趣旨は、弱い者を見下すことによって、己が強いと思い込みたいクズな野郎を地獄の底に蹴落とすというものだけど、実はそういう悪者がいなくなると、このコラムの存在意義がなくなる。だって悪者がいてはじめて成り立つんだから。
 警察官は犯罪者がいるから警察官であり、犯罪者がいなくなると警察官でもなんでもなくなってしまう。
 そう、悪がいないと正義(という言い方はあまり好きではないが、あえてそう記す)が成り立たない。

 だけど俺のコラムにしても、警察官にしても、自分から率先して悪を生み出したりはしない(一部のバカ警察官はとりあえず無視してくれ)。まして弱い者を悪に仕立て上げるようなことなんかしない。だって悪は弱い者なのではないんだからさ(頭は弱いだろうけど)。

 ヒーローやプロレスごっこにおける悪役はいつも弱い者がさせられる。弱いということが犯罪とさせられてしまう。強い者がヒーローを演じたいがために。
 己がヒーローになりたいがために弱くて言い返せない相手に理由を付け、無理にでも犯罪者を生みだし、ああだこうだとヒーロー気取り。まったくバカバカしいぜ。
 そんな思考回路をいつまでも維持しているから、弱い者が犠牲になる社会の構図が変わらないんだ。わかんないのか!

 弱い者が犯罪者なのではない。犯罪者を生み出すことしか出来ない野郎のその思考こそが犯罪であり、悪じゃないのか? まさに悪い奴ほどよく眠るってことか。
 まともな思考が眠ってるんだもん。そりゃよく眠るよ(笑)。


2001 スリープデッド(NBEで連載していたときのコラムです)

危険!奴がいます「痛みへの署名」

 暴走して「俺ってすご~い」と思い込み、周囲の人々の迷惑を考えないバカ高校生に、「死んでみるか?」と言いながら拳銃を突きつけた警察官が懲戒免職にされたのが去年の話。この度晴れてその処分が解かれ、見事復帰された。とりあえずは本当に良かったと言いたい。最初この話を聞いたとき、なぜそんないい警察官が辞めさせられなくてはいけないのかと怒ってたけど、これで一安心だ。それでも懲戒免職の代わりに停職6ヶ月という処分を付けられたのが不満ではあるが(仕方ないのか?)。
 今回の警察官は、暴走して喜んでいる高校生をなんとかしたい。周囲の人々の応援に応えたい。その思いが暴走高校生へ拳銃を突きつけたということなのだろう。
 やりすぎだ。高校生の心も考えろ。そういう意見もあるだろう。だが本当にそうだろうか?
 我が物顔で走り回り、不安と恐怖で毎日が落ち着かない住民達の気持ちも考えず、自分はすごい奴だとでも言いたげな態度で過ごしていたこんなバカ野郎に同情の余地などどこにもない。
 方法が間違ってる? では正しい方法とはどういうものを言うのだ? 「そんな走り方をしてはいけません。周りの人に迷惑をかけてはいけません」と、敬語で話せとでも言うのか?
 まったくバカバカしい。そんなことでやめるぐらいなら、とぉ~っくの昔にやめてるって。そしてそのことをわかっているから拳銃を突きつけた。話を聞いてもらうために。みんなの気持ちを聞いてもらうために。
 この世の中、みんながお互いの生活を脅かさないように生活をしている。だってそれを破れば自分も生活を脅かされるのだから。あなた生活脅かされたくないでしょ?
 ところが他人に迷惑をかけるのが趣味という、イカレた野郎がいる。こんな野郎には丁寧に言い聞かせても無駄だ。方法はひとつ、同じ痛みを教えてやることだ。なぜ生物には痛みがあるのか。その自分の痛みを知ることによって、他人も同じ痛みがあることを知るためだ。だからその痛みを自分が受けないために他人にも同じ痛みを与えない。そう思うのが人間だ。
 しかしそうじゃなく、自分の痛みは自分の痛み。他人の痛みは他人の痛み。そしてその痛みを自分は受けることがない。だって自分はすごい奴だからさ。みんなびびって俺には痛みを与えない。笑っちまうぜ。と思い込んでる野郎には、言葉なんかじゃ通用しない。同じ痛みを与えてやらなければな。
 そう、だから拳銃を突きつけ、「死んでみるか」という必要があったのだ。同じ痛みを与えるためにも。バイクを暴走させるのは危険だ。バイクは走る凶器にもなるのだ。乗ってるイカレ野郎が事故で勝手に死ぬのはどうでもいい。しかし、そのために全く関係ない人・犬や猫といった動物が巻き添えを食うのだとしたら、これほどの悲劇はない。
 悲劇を防ぐために今回の方法をとった。それのどこが間違っているというのだ?
 いや、本当はみんなも同じことを考えているはずなんだ。だけど、それをやると問題になり、自分が損をするということを知っているんだ。人間というのは頭の中では「こんな腐れ野郎死んでしまえばいいんだ!」と思っているが、それを言うと自分がはみ出した存在になるということを知り、その痛みを味わいたくないためにみんなと同じく、はみ出さないように行動しようと心がけている。そう、それは別に悪いことじゃない。しかし、それならなぜはみ出してでも正しいことをしようとした人を外そうとするのだ? 自分達の輪から外し、差別しようとするのだ?
 なんでも、今回の件で懲戒免職にしたのは、当時警官の不祥事が相次ぎ、社会の厳しい目にあったためだと言っているが、なにもせんくせに図書券を賭けた麻雀やってたり、シャブ打ち警官を秘密にしようと策略した連中と一緒だと思った判断力が泣けてくる。これだからいつまでたっても警察への不信感は消えないんだ。わかんないのか!
 街のおまわりさんは我々の生活をまもってくれる。そう信じている住民の願いを聞き、たとえ自分がはみ出し、その痛みを受けるとしても住民達の願いを聞き入れたい。こんな素晴らしいおまわりさんをなくしてしまうところだったとは、考えただけでも恐ろしい。
 今回の懲戒免職の修正に貢献したのは住民達27000人もの署名だという。
 俺はこの話を聞いて目頭が熱くなった。この署名した人達はみんなわかっているのだ。自分達の痛みを代わりに受けてくれたおまわりさんの痛みを。
 そしてこのおまわりさんが、おまわりさんでなくなることが一番の痛みだった。
 その一番の痛みがなくなって、本当によかった。



それにしても今回の懲戒免職取り消しは本当によかった。こんな話が通ってしまえば、全国にいる真のやる気のある警察官に影響があると思って心配だったから。

2001 スリープデッド(NBEで連載していたときのコラムです)

危険!奴がいます「罪の重さ」

 小学校1年生の女の子が惨殺された。またか・・・。そう思ったのは僕だけではないはずだ。犯人の目的については考えたくもない。どうして、どうしてまた被害者が生まれてしまったのか。こういう犯罪が行われる度にいつも思うのだが、子供を惨殺した野郎には有無を言わさずに死刑にするという法律はできないのだろうか?
 というと、すぐ「刑罰については法の下での審判が」うんぬんを語るのだが、そんなことをしているからいつまでたっても犯罪が減らないのではないのか?
 悪いことをすると罰則があり、その罰則があるから誰も犯罪は犯さない。というより、普通は誰も犯罪なんかしようなんて思ってないはずなのだ。
 しかし犯罪は生まれてしまう。まあ色々理由があるが、「ばれてもどうせ軽い刑にしかならない」という風潮が最近とくに広まっているからだろうな。
 思い返してみてごらん。どう考えても死刑だと思っていたのに、死刑にはならず良くて無期懲役、悪くて数年の刑務所暮らしを言い渡されただけの判決が多かったことを。
 しかも少年犯罪に限っては、その罰則さえない始末。この、罰則に関する甘い判定が犯罪を助長させる原因なんじゃないのかぁ?
 よく言われることに「罰則を重くしたからといって犯罪は減らない」という言葉がある。なるほど、それは確かだ。なぜなら例えどんな罰則が待っていようとやる奴はやる。やるのだから罰則の意味がない。なるほどね。でもさ、その理屈をいえばどんな罰則も意味がなくなり、法律という概念さえ意味をなさないではないか。
 そして罰則を軽くしてしまったために、「どうせ捕まってもいいや。運がよけりゃ逃げれるし、最悪数年刑務所入ってればいいだけさ」ということになり、どうせなら自分の好きなことをしてもいいやという風潮になってるって、気づかないのか?
 罪の重さはどこにあるのか? そしてそれは赤の他人が計れるものなんだろうか? 俺は思うが、犯罪の大きさではなく、被害者の心の傷での罰則が出来ないものだろうか? たとえば万引きで死刑になるなんておかしいといい、笑うかもしれない。しかし例えば万引きされた店の人が、責任をとって自殺した場合、それは人殺しにならないのか?
 いじめで自殺まで追い込んだ野郎。婦女暴行によりその人の一生を奪った野郎。こういった野郎達は人殺しにならないのか? 人殺しにもならず、なんの罪にもならないのだろしたら、罪というのは一体なんなのだ?
 人を殺せば死刑の候補になるが、そうじゃないものはまず候補にならない。しかもその人殺しに関してさえも必ず死刑の候補になるとは限らない。
 今回の件についてもそうさ。絶対に死刑になると犯人が認識していれば防げたかもしれない。誰もが死にたくないし、特にこういう他人の命にはまったく興味がないくせに、自分の命だけは尊いものだと思っていやがる野郎については特にそうだろう。
 「死刑は廃止すべきだ。人を殺したからといって犯人を殺しても、その死んだ人は帰ってこない」。そういうありがたぁ~いお説教は飽き飽きだ。そんな寝言をいい、犯人に対して甘い言葉を投げ掛ける暇人が多いから、いつまでたっても犯罪が減らないんだ。わかんないのか!
 法律は誰のためにあるのだ。弱い者をまもり、その弱いものを苦しめた者を裁くためにあるんじゃないのか? ところが実際には人の心を持たない犯罪者を助ける手助けをしているこの皮肉。
 罪の重さは「人を殺した」「物を盗んだ」という概念だけで語られるものなのだろうか? それって「人を殺した場合は、こういう罰則」「物を盗んだ場合は、こういう罰則」という、カテゴリー分けされたものを読んでるだけとしか思えないぜ。なんか俺には、「そうか、女の子が殺されたか。よしよし、こういう場合は○○の○ページ目のなになににこう書いてあるから、罰則は○○だな」という、安直なものにしか見えないけどねえ。感情を入れてはいけない。感情でものを判断してはいけない。そんなのわかってるよ。だけど、わかってるけど、わかってるんだけど、被害者が出たという話を聞く度に、もしこういう犯罪は絶対に死刑になるとなっていたら犯人は同じことをしただろうかと考えてしまう。罰則は抑止力でなくてはいけない。しかしその抑止力がなんの効果もないのだとしたら・・・。
 罪の重さはカテゴリー分けされたきれいな本を読むと理解できるという代物ではない。被害者が受けた心の傷の大きさこそが罪の重さなのだ。



罪の重さって一体なんなんやろう?第三者ではなく、被害者側に立った考え方は出来ないものなのかなあ?

2001 スリープデッド(NBEで連載していたときのコラムです)

危険!奴がいます「逃げる勇気」

 学校に行かない不登校者が15万人を越えたとかで結構問題視されていると聞いたけど、僕はこの話を聞いて、実はほっとした一人だったりするんですよ。
 というと、お前はなんて不謹慎なんだ。もう少し考えろという意見も出されるかと思われますが、「不登校はそんなに悪いことなんでしょうか」というのが、今回のテーマでございます。
 不登校に限らず、逃げるという行為はどんな分野に関しても全て悪いイメージが付きまとう。人生とは逃げてはいけない。運命にはぶつかってゆく。それが生を受けた人間の使命だ。なるほど、確かになんでもかんでも逃げていてはなにも解決しない。それは俺も思う。
 思うが、本当にそうだろうか? そしてそういう考えが、弱者を苦しめている原因なんじゃないだろうか? 学校に行っても嫌な目にしかあわないのなら、行かなくてもいいのではないか?
 みなさんも経験があると思うけど、学校に行かなくてはいけないのに、行けない。だから近所の公園や誰も通っていない道を歩いて時間を潰す。学校に行きたくないから・・・。
 しかし次の日、いやその次の日、いやいや一週間後かもしれないが、いつかは学校に行ってしまう。そんなに嫌なら辞めればいいと思うのに、学校に行ってしまう。なぜなら学校に行くしかないと思っているから・・・。
 極論から言うけど、そんなに学校って行かなくてはいけないもんなんだろうか? 実はこの「学校に行かなくてはいけない」という考えは、いつの間にか刷り込められてしまった根拠のない心理なんじゃないだろうか? 「学校に行かないと偉い人になれない」そう言い続けられ、思い続けられた一般論がそうさせているんじゃないだろうか?
 しかしなあ、学校行って有名大学まで出ても、機密費は使いこむは、妖しい宗教にはまって平気で人を殺すはと、ろくなことしてない輩だっているじゃん。というより、学校出てようが出ていないかなんて関係なくて、ようは個人の問題なのに、みんなどこそこの有名学校を出たかどうかだけ気にする。そのためみんな学校に行かなくてはいけないという、ある種強迫観念にも似た感情を持ってしまう。
 そうは言ってもこの世がそういう仕組みになってるんだから無責任なことを言うな! そう思われるかもしれない。でもね、でも「いじめを苦にして子供が自殺」という話を聞くたびに、ものすごく哀しい思いをしてしまうんですよ。なぜだ、なぜなんだ。やり切れない思いばっかりが頭をよぎってしまう。そしてそのとき親は、必ずといっていいほど「こんなことなら学校なんか行かさなければよかった」と。そう、命はどんな生物でもひとつ。そのたったひとつの命を捨て去るぐらいなら、学校なんか行かないほうが全然いいのだ。
 いい学校、いい高校、いい大学を出て、いい仕事に就く。これがバラ色の人生だといわれ続けてきた。しかし今は多職業の時代だと言われているし、ネットの時代となり新たな需要まで生まれた。現にこの俺も一昔では考えられない職業で生活していたりする。そんな時代に学歴は参考にはなるが、一番重要な項目ではないのでは? 実際問題、有名企業が次々とリストラを続け、最悪倒産までしてしまう時代だ。学歴があれば一生安泰なんてのは過去の遺物なんじゃないのか?
 当然学校が大好きだからという理由で辞めないのは全然いいことだ。俺だって好きな女の子がいるから辞めなかったし(笑)。でも、もう辞めたいと思ったなら辞めてもいいということを頭に置いて欲しい。そして親であるあなたは、子供が学校に行きたくないと言われたら話を聞いてあげて欲しい。
 選択肢はひとつではない。学校に必ず行かなくてはいけないというのは選択肢のひとつだが、学校に行かないというのも選択肢にあってもいいはずなんだ。
 もっとも学校に行かなくていいからと、毎日をゴロゴロ過ごすのも時間の無駄なので歓迎しないが、それに替わるものを見つけることが出来ればそれはそれでいいはずだ。
 もうこれ以上人間としての心を持たないクズ野郎のために幼い命がなくなるなんていう話はまっぴらごめんだ。選択肢はひとつではない。逃げることは必ずしも悪いことではなく、恥ずかしいことではない。なぜなら逃げるのも勇気がいるのだから。その勇気を、持ってください。そして周りの人達はその勇気を、認めてあげてください。



子供がいじめを苦にして自殺したという報道を目にする度に深い哀しみに包まれる。
もうこれ以上被害者を出して欲しくない。

2001 スリープデッド(NBEで連載していたときのコラムです)

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